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深尾の家は2Kで、あたしの実家よりずっと綺麗で広かった。いや、同じ大きさの部屋なのかもしれないけれど綺麗な分広く見えた。やっぱり普通に広いのかもしれない。
ローソファーに座り、あたしは買ってもらったメロンパンの入ったビニール袋を手放せずにいた。お風呂場から出てきた深尾がバスタオルをこちらに落とす。
「風呂溜めたから」
「いや、あたしは……」
「ガスが勿体ない」
そう言われたら入るしかなくて、あたしはのろのろと立ち上がり、脱衣所へと向かう。
「着替え、てきとーに着て」
「あ、うん」
置かれた着替えを確認して、鏡に写る自分を見た。
ひどい顔だ。深尾がくれた湿布を貼っているけれど、その下で頬が腫れている。深尾と一緒にいるときは大抵こんなだなあと思い返す。
人の家の匂いがする。
あれだけ眠ったのにまた眠い。ぼんやりと洗面台に置いてある剃刀や歯磨き粉の類いを見ていると、脱衣所の扉がノックされた。
「入る」
返答する間もなく、扉が開いた。
ぱっと目が合う。下着姿で突っ立っているあたしを見て、深尾は驚くでも後退するでもなく、脱衣所へ入ってきた。
逆にあたしが後退する。
「な、なに」
「それ」
腕を示された。赤黒くなった打撲痕。その下には色素沈着して黄色くなった肌。
これがどうしたのか、と一緒に見ていると、深尾の手がふわりと触れた。反射的にその手から逃れようと後ろに下がろうとするけれど、そのまま抱き寄せられた。
深尾の家の匂いがする。顔を鎖骨下に埋めながら思う。きっと振り解けば出られるような力で、あたしはその腕の中に閉じ込められていた。
「どうしたの」
「……遅すぎた」
顔を上げて深尾の顔を覗く。近すぎて見えなかった。
「うん?」
「もっと早く、来れば」
「御礼言ってなかった。ミオ、電話に出てくれて、来てくれて、ありがとう」
見えない表情に言う。
あたしはその背中を擦った。どこかしょんぼりした雰囲気を纏ったそれを、どうしたら直せるのか考えた。
「あと運転も」
「一番大変だった」
「だよねえ。ありがとうね」
「嘘だ。どこでも、連れてく」
その言葉に声が詰まった。
あたしを、海に連れてきてくれたように。
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