0人が本棚に入れています
本棚に追加
全て実話です。
あれは僕が大学に通っていた時の話です。
新聞配達員のアルバイトをしている同じゼミの友人から、「帰省するのでその間、俺の代わりに朝刊だけ配達して欲しい」と頼まれました。他のバイトと掛け持ちなので体力的にきつかったのですが、1か月間だけという約束で引き受けました。
配達先は自宅アパートの近所なので土地勘はあります。しかし念のため事前に配達所を訪れ地図をもらい、原付バイクで一通り回ってみました。
そして配達初日、深夜に折込チラシを新聞に挟み込み、夜も明けない冬の早朝に配達所を出ようとすると社員さんから、「あの新築マンションはオートロックで各部屋に配達できないから、エントランスの郵便受けに新聞を入れるように」と注意がありました。
「それと・・・」と言いかけなぜか彼は口を閉じ、出発の時間が迫っていた僕は何も訊かず原付のキーを回しました。
早朝の風は冷たく身を切るような寒さです。
慣れない新聞配達に苦労をしながらも何とか順調に配り、新築のマンションを残すだけになりました。
そこは部屋数の多いマンションで郵便受けも多く、しかも節電の為かエントランスが暗く部屋番号を間違えないよう慎重に確認していると・・・
後ろから強い視線を感じました。
ゆっくり振り向くと・・・
エントランスの隅で野球帽を被った若い男がこちらをじっと見ています。
僕はマンションの住人だと思い、頭を下げ「おはようございます」と挨拶しました。
すると野球帽を被った若い男が近づいて来ました。
僕はその男を見て絶句し、持っていた新聞の束を全て床に落としてしまいました。
なぜなら・・・
その男には身体が無かったのです。
首だけがゆらゆらと空中を浮遊しながら近づいて来ます。
満面の笑みを浮かべながら・・・
僕は口を開けたまま腰が抜け、その場に座り込んでしまいました。
若い男が徐々に近づくと、目線を合わせるように生首が下がってきました。
そして僕の顔をじっと見つめながら、まるで品定めをするように右へ左へと移動します。
恐怖とこの現実に理解が追い付かず、目を閉じることもそらすことも出来ません。
そして真正面で止まると生首の口が開きました。
「お前は俺が見えるのか?」
声は聞こえませんが口の動きでわかります。
男は怒りに満ちた顔で再び訊きました。
「もう一度言う!お前は俺が見えるのか!!」
僕は激しく顔を左右に振ると落ちた新聞を拾い、這うようにしてエントランスから逃げました。
その日に配達員を辞めました。
配達所と友人には心から申し訳ないと思いましたが仕方がありません。
あれから数日後・・・
生首が被っていた野球帽に、NとYの文字が重なっていたことをふっと思い出しました。
テレビで日本人メジャーリーガーの活躍を見ると、今もあの浮遊する生首を思い出します。
噂ですがあの新築マンションはなぜか引っ越しが多いそうです。
©2024redrockentertainment
最初のコメントを投稿しよう!