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3
あの煌めくような笑顔を見つけなければ、俺は今ここにはいない。
見つけてよかった。
が、見つけなければよかった。
に変わったのはいつだっただろう。
高校の文化祭、俺は親友に誘われ舞台に立った。
漫才じゃなく、先生のモノマネをして笑いを取るだけ。
俺のモノマネはそこそこウケてた。
ふと客席を見るとあいつがいた。
アホほど笑ってた。
その笑顔に一目惚れしたのかもしれない。
他のやつらと何が違うのかは分からない。
でもあいつは特別光って見えた。
クラスも違う、部活も違う、喋ったこともない奴とどうやって仲良くなればいいのか。
分からない、分からないから俺は、
「俺と一緒に漫才師にならへんか?」
と言った。
「は?」
そりゃそうだ。
完全に頭がおかしい奴だ。
でも、
「ふっ、とりあえず名前教えて。」
と笑いながら言った。
「時島和樹。」
「よろしく、時島。でもいきなり相方は難しいから、とりあえず友達から。」
「うん。」
「あ、俺は笠松燿司。」
「知ってる。お前目立ってたから。」
「え?俺が?」
「俺のモノマネで笑ってた。」
「あ、あぁーモノマネしてた!あれ時島だったのか。遠くてあんま顔見えなかったから。って、よくあんな距離から俺見つけられたな。」
「そう、それぐらい目立ってた。」
それは愛の告白に近かった。
でも笠松は気づかなかった。
アホほど鈍感だからだ。
でも助かった。
アホほど鈍感な笠松よりアホな俺はそれが恋だと気付くのにそれから10年かかった。
笠松と友達になって漫才っぽいことを何度か試した頃、高校生漫才のコンテストに出てみることにした。
審査員が俺の好きな落語家だったからっていうのもある。
俺は漫才より落語が好きでよく聞いてた。
漫才をちゃんと見出したのは実は笠松に声をかけた後。
誘った手前、俺は猛勉強した。
毎日毎日漫才を見尽くして、夢に出てくるほどだった。
が、見るのとやるのは違う。
どっちがボケでどっちがツッコミをやるのかすらまだぼんやりしてるし。
コンテストに出るからには絶対に滑りたくない。
「今度の日曜、劇場行ってみぃひん?」
とチケットを二枚渡された。
「え?これどないしたん?」
「バイト先の先輩がくれてん。」
「行く。」
「初めてやわ生でお笑い見るん。」
「俺も。」
「楽しみやなぁ。」
が、当日笠松は運が悪いことに風邪を引いて来れなかった。
とぼとぼ劇場に向かい、椅子に座る。
ほんまやったら隣に笠松がおるはずやったのにな、と思いながら。
出囃子がなって勢いよく漫才師が出てきた瞬間空気が変わった。
目の前の二人に取り込まれて、他は何も見えなくなった。
キラキラして眩しくて、でも目を離せない。
舞台の上、1本のマイクで笑いをとって金を稼いでる。
そう思ったらまるで勇者みたいに思えた。
それが俺の夢のはじまりだった。
笠松に早くこれを共有したい、そう思って劇場出てすぐ電話して開口一番、
「俺と漫才やろう。」
と言ったら
「それ二回目やから。」
と笑われた。
きっとあの時みたく煌めく笑顔だったに違いない。
それから俺はより一層漫才に熱をいれていった。
始めた時とは違う目的を手に入れて。
笠松には申し訳なかった。
彼はほとんど俺に巻き込まれてこの業界に入っただけなのに、毎日のようにネタ合わせしたり時には先輩との飲み会に付き合わせたり。
笠松は俺の知らないところで悩んだり苦しんでたようだ。
先輩から、
「あいつ大丈夫か?」
と言われるまでそのことに気付かなかった。
「ツッコミってボケと違って感覚を掴まなあかんとこあるからな。間が悪かったらボケを殺してまう。あいつ、出番がない日でも舞台袖で漫才見にきよるで。」
「知らなかったです。」
「お前と違ってお笑いが好きで入った世界ちゃうからな。相方のことよう見たりや。」
でも笠松は俺の前では一切そんな姿を見せなかった。
ただ、回を重ねるごとにツッコミは上達していったし、なんなら回しもできるようになっていった。
だから俺はなにも言わなかった。
俺たちは相方になって親友ではなくなった。
プライベートの話なんてほぼしない。
でもそれが当たり前だと思ってたし、何も感じなくなってた。
寂しいと思うことがあったとしても、それを口にしちゃいけないと思ってた。
笠松の隣を死守するために選択したのは俺だったから。
だけど、俺の中にはちゃんと残ってたんだ。
「時島、俺もしかしたら結婚することになるかもしれん。」
笠松のその一言で俺は覚醒してしまった。
「前からうるさくいわれとったんよ、見合いでもしろて。ちょうど隣近所にそういうのあっせんしてるおばちゃんがおってな、」
どこかお見合いに乗り気な笠松の顔を、声を聞きたくなくて気がつくと俺はその口を塞いでた。
何年ぶりかのキスの相手がまさかこいつなんて。
「と、きしま?」
そして我に返った俺は楽屋を飛び出し、気が付くと家に帰っていた。
道中の記憶はないのに、唇の感触だけははっきりしてる。
笠松だけ目立って見えたのはあいつが特別だったからだ。
俺にとって、あいつは相方じゃない。
俺はもう漫才師じゃない。
長年不毛な片想いをしてただけのただの男だ。
翌朝、俺はマネージャーに電話して解散すると言った。
「笠松には言ってない。言えない。」
「は?相方でしょ?!」
「もう相方じゃない。ごめん、伝えてもらえるか。」
「入ってる仕事は?どうするの?」
「全部キャンセルで。ごめんなさい。」
笠松は何も言ってこなかった。
入ってた仕事はあいつが一人でやってくれた。
どこまでもいい奴だ。
そして俺はどこまでもアホだ。
このまま死ねないかと考えてた時、事務所の社長が直々にうちに来て
「お前、劇場の支配人やれ。」
「...いやです。」
「お前に拒否権はない。お前がブッチしたせいでうちの会社の信用ガタ落ちやからな。」
社長に睨まれて渋々支配人になった。
もうお笑いには一生関わらないと決めていたのに、一番近くにいる羽目になった。
笠松とはあれ以来一度も会ってない。
が、一通だけメールがきた。
ごめんな。
の一言。
何でお前が謝んねん。と返したかったけど、さすがにそのまま連絡先を消した。
風の噂では笠松は地元に戻らず、北海道の牧場で働いてるらしい。
牧場で牛と戯れている笠松が安易に想像できた。
二度と会わない。
そう決めたのに、1ヶ月、2ヶ月と月日が経つごとに思ってしまう。
二度と会えないんだと。
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