山と積まれたその石は

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 目を開けるとそこは、不思議な場所だった。  ドアも窓の一つもない、真っ白なだだっ広い部屋。野球場くらいあるだろうか。ただただ白く、四角く、大きな箱の中に入ってしまったようだった。ドアもないから、自分がどこから入ったのか全く分からないのだけれど。  その不思議な場所を、さらに不可思議に仕立て上げているのが、部屋の中心にある存在だろう。  わたしは思い切って近づいてみた。こんなものはどうせ夢に違いないから。 「あの……、ここはどこでしょうか? あなたは誰?」  部屋の中心にあったのは、真っ白な事務机。座っているのはかっちりとしたスーツを着込んだ、きれいだけれど男性か女性かよくわからない人だった。 「私はここの管理人。日がな一日ここに座って、この子たちのお世話をしております」 「この子たち?」 「えぇ、この子たちです」  声を聞いても男性か女性かわからなかったその人は、机に置かれた山積みの石を指した。河原に転がっているような大きさも形もばらばらの石が、無造作に積み上げられ、山となっている。  我が夢ながら、まったく意味が分からない。  夢から覚める気配もなく立ち尽くしていると、「どうぞおかけください」と勧められた。いつの間にかわたしの後ろに、応接室にあるような黒い革張りの一人掛けソファが現われた。白い部屋にポツンと現れた黒が、半紙に落した墨汁のようで、なんだか落ち着かない。  とはいえ、突っ立っているのも同じくらい落ち着かないので、座ることにした。 「石のお世話って、何をするんですか?」 「そうですねぇ。主には話し相手、でしょうか」 「石の?」 「えぇ。どんなことを思い、考え、何をしたのか。辛かったこと、苦しかったこと、楽しかったこと、誇らしかったこと。そういったお話を聞いております」 「……石の?」 「えぇ」  どうしよう。 「石が話すんですか? 人間の言葉を?」 「ふむ。質問に質問を返すようで恐縮ですが、発声するか、という意味でしょうか?」 「は、はい……」 「そんなわけないじゃないですか」  かわいそうなものを見るような目で見られて、思わずわたしはぐっと拳を握った。 「あなたが今日ここにいらしたのも、きっと縁あってのことでしょう。どの子かとお話ししてみませんか?」  何事もなかったかのように石との対話を勧められ、言葉に詰まる。話さない物と話せ、とは、何かの暗示なのだろうか。  そういえば、これは夢だった、と思い至る。 「そうですね。じゃあ、この子にしようかな」  とりあえず乗ってみよう、と何気なく手に取ったのは、小さくて尖ったところの少ない、玉砂利のような石だった。  石をつまんだ指先がじんわりと温かくなり、つられるように胸の奥まで温かくなったような気がする。 「これは……」 「縁ですねぇ。どうやら、あなたはその子と呼び合っていたようです」 「呼び合った?」  手の中の小石をよく見ると、先程まではごく普通のねずみ色の石だったのに、今は月長石のようにほのかに輝いている。 「この子たちは、想いの残滓。誰かが捨てた夢の欠片です」 「誰かが、捨てた?」 「諦め、破れ、もしくは満足して捨てた夢。このようにくすんで石のようになってしまっているけれど、本来はキラキラと輝く宝石のような想い」  その人はわたしの目をじっと見て、そしてにっこりと微笑んだ。 「きっとあなたに中に、夢と呼べるものが生まれたのでしょう。それがこの子と呼び合った。この子たちは輝きたいのです。新たなパートナーと出会って」 「新たなパートナー……わたし、別に夢なんて」 「今はまだ気づいていなくとも、この子はあなたを選んだのです。どうぞ連れて行ってあげてください。一緒にいるうちに、あなたの色と形に徐々に変わっていきます」  否を言う間もなく、手の中にあった石がすーっと体の中に溶け込んでいく。もう用は済んだとばかりに、わたしの身体も薄らと透けてきたようだ。 「大事にしてあげてください」  ひらひらと手を振りわたしを見送るその人は、なぜだかとても嬉しそうだった。  目を覚ますと、眠る直前まで読んでいた演劇のパンフレットが目に入った。裏表紙の端の方に、申し訳なさそうに差し込まれた『劇団員募集』の文字。 「夢……」  育てるべきかだなんて、正解はわからないけれど。  わたしは、ほのかに輝く月長石を思い出して、スマートフォンを手に取った。
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