31人が本棚に入れています
本棚に追加
︎
✝︎
扉を開ければ、バーガンディ色のダマスク織の壁紙に囲まれた居間が広がる。
そこを通り抜けるままにクララは食堂へと入った。
「あっ! 姉様!! もう遅いよ〜」
「早く席につきなさい……」
マホガニーのテーブルには既に、今年で10歳になる弟ヨハンと母のテレジアの姿があった。
天使のように破顔するとヨハンは、その場で走り出しクララの胸へと飛び込む。
母と息子、二人は同様の白金色の髪と露草色の瞳を持っているが、その雰囲気は対照的だ。
テレジアは40歳も近いが、その美貌は十年前から変化してないように見える。
だが、同時に内面の苛烈さを表すようにその表情は年々険しいものへとなっていく。
クララは自身のアッシュブロンドの髪を一房掴み、弟の白金色のそれと見比べた。
「おや、不良娘のご帰宅だ。どうやら私が最後だったようだね」
柔らかな声に振り向けば、扉の前にダークグレーのイブニングコートに身を包んだ紳士が立っていた。
瑠璃色のアスコットタイとシルバーのベストが、40代と思えぬほど若々しく自信に満ちた顔によく似合っている。
「お父様!!」
「わぁ〜、お父様、おかえり」
今度はクララがヨハンとともに父に駆け寄る番だった。
「ふふふ、二人ともまだまだ甘えん坊だね」
「アウグスト、クララを甘やかすのも大概にしてください。この子の奇行に私は、これ以上振り回されるのはごめんです!!」
テレジアの言葉にその場から温度が急速に失われていく。
「あぁ、わかっているよ……。愛しい君、とはいえども今日は降誕祭前夜だ。その話はあとにしよう。さ、二人とも席につくんだ」
彼は二人の子供の背中を押しながら席へと連れて行く。
テーブルには林檎やドライプラムなどの果物を包み、クランベリーソースが添えられたガチョウのロースト、じゃがいものニョッキ、赤キャベツの煮込みなどの料理がメイドのゾフィーによって運ばれてきた。
目を輝かせるヨハンの肩にテレジアが、愛おしげに手を添えて立つことを促す。
彼女と目を合わせたアウグスト、それに続いてクララも立ち上がる。
食前の祈りを忘れてはならない。
「慈悲深き神よ。我らに恵みを与え、今年もまた家族と共にキリストの誕生を祝うことができる幸せを感謝いたします」
最初のコメントを投稿しよう!