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✝︎
クララは食事が終わり邸の二階にある寝室へと入る。
降誕祭前夜から新年の一月六日までの間は〝魂の夜〟と呼ばれ、現実世界と霊的な者達の世界、その境が曖昧となる時期だ。
祖先の霊が家へと戻り、精霊や妖精が姿を現すと言われている。
この期間は家を護ってきた祖先達に感謝の祈りを捧げ、呪いをして悪き者から家族を守る必要があった。
降誕祭に年越しに加えて、一年のうちの重大で忙しい行事が重なる時期だ。
紺青色の蔦模様の壁紙が貼られた二階寝室には、時代性を意識しながらも伝統に忠実な家具が品良く並べられていた。
金色の装飾が施された象牙色のドレッサーの上には、王冠をモチーフとしたフランス製のピンクゴールドの香水瓶が置かれている。
壁には五年前に高名な画家によって描かれた家族の肖像画、アルプスの山々や田園の牧歌的な風景を描いた絵、小さなイコンなどが掛けられていた。
シルバーグレーのベルベットカーテンが揺れ、吹き込む夜風がクララの髪を靡かせる。
クララがテラスへと出ると雪は勢いを増し、空を舞うかのように降り続いていた。
雪は手で何度、掬おうとも地上へと儚く溶け消え行く。
それは変えることのできぬ運命のように……。
「せっかくの降誕祭前夜、家族で過ごさなくて良いのですか?」
溌溂とした印象を与える声に振り返れば、白金色の短い髪と露草色の瞳を持つ女性が立っていた。
クララよりもいくつか年上だろう。
背中には革製のギターケースを背負っている。
「マリア!!」
雪で冷たくなっていた顔を喜びの色に染め上げ、クララは彼女に駆け寄る。
「マリアも知ってるでしょ? 私が家族と……」
「またテレジア様ですか?」
「えぇ、さっきも一緒にプレゼントを開けようとしたら睨まれてしまったわ。今頃はヨハンとお父様の三人だけでプレゼントの本を読んでるはずだわ。あの子、物語が大好きですもの」
クララの顔からは再び、喜びの色が消えて行く。
憂いを帯びた瞳とは対照的に、口角だけが自嘲気味に上がる。
「マリア、私あなたの髪と瞳が羨ましいわ。私の色もそうだったら、きっと……」
「クララ、あなたの髪と瞳だって誰にも負けないくらい素敵なのですよ。月の光を吸い込んだ夜空のような髪も宇宙の神秘を凝縮した宝石みたいな瞳も」
マリアは少し屈むと、クララの髪も一房取り、口付けた。
クララの顔が驚きと気恥ずかしさに染まる。
「降誕祭は家族とともに過ごすものですよね。私は、あなたを妹だと思っていますわ。あなたが過去にそう言ってくださったようにね」
「マリア……」
「メリークリスマス、クララ」
マリアは、スミレの花と蔦の模様が刻まれた薄紫色の包装紙を差し出した。
包装紙を丁寧に開封したクララは、満天の星が広がったように目を輝かせる。
そこには三冊の本があった。
一冊は詩集はドイツの有名な詩人のもの、二冊目は竜と姫の恋を描いた物語でオーストリアの近代作家のものだ。
三冊目は、こことは異なる世界へと旅立つ儀式の方法について書かれた東欧の魔女が書いたものの翻訳だった。
「驚いたわ……。全部私の好みよ!!」
「あなたの幻想趣味は、よく存じております」
「ふふ、流石ね! 今日は臨死体験に挑戦したのよ。前に読んだ本に臨死体験をした人の何割かが、ここではない世界を見たとあったわ!!」
「クララ様、そういう趣味があるのは構いませんが、危険なことはしないでください……。やはり、この本は……」
「あぁ、待って! ごめんなさい、もうしないから!!」
三冊目の本を取り上げようとするマリアから、クララは胸にそれを抱きしめて必死に逃げる。
「そんなことより、ギターを弾いてほしいわ! 降誕祭に相応しい曲が良いわ!」
「全く……わかりました。それでは」
溜息を一つ吐くと、マリアは窓辺の椅子に腰掛けギターの演奏を始めた。
クララはベッドに潜り目を瞑る。
眠るまでの一時、二人だけの演奏会が始まった。
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