あみだくじ

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あみだくじ

 そんな莉子は東京の国公立大学に合格する事を目標としていた。万が一不合格ならば地元の私立大学に進学する。そう聞いた僕はかなりの衝撃を受けた。 (莉子が居なくなる)  高校生と大学生の遠距離恋愛が成り立つのだろうか?2人が離れ離れになる事に不安と焦りを感じた。大学入試センター試験に向け脇目も振らず勉学に励む莉子の後ろ姿に切なさを感じる事もあった。  合格なら東京の大学に進学する  不合格なら地元の大学に進学する (不合格になりますように!)  僕は莉子が不合格になりますようにと願掛けをしてこっ酷く叱られた。 「私の幸せと不幸せどっちが大切なの!」 「僕は莉子と2人で幸せになりたい」  16歳の幼かった僕はこのまま大人になり莉子と結婚するものだと信じて疑わなかった。そして僕は図書館で勉強する莉子の隣で当たりが分かっているあみだくじを作った。 「莉子、見て」 「なに」 「何が当たると思う?」 「あみだくじ作っていたの、暇ね」 「暇だもん」 「世界史、赤点だったんでしょう」 「赤点じゃないよ」  僕は莉子の目の前であみだくじの線をマーカーでなぞった。 「じゃーーん」 「な、なにそれ!」 「お願いします!」  大当たりは蔵之介にキスをする、だった。 「ね!お願い!」 「そ、そんな」 「お願い!」 「あみだくじって、そんなの」 「お願い!」 「わかった」 「良いの!?」 「じゃあ夏の試合の先発メンバーに選ばれたら!」  莉子の顔は真っ赤だった。 「やった!」  莉子が図書館で受験勉強に勤しむ間、僕は部活動に励んだ。根本的に素質があったのかボール(さば)きの上達も早く脚力も強かった。 「メンバーを発表する、1年、雨月!」 「はい!」  僕はオフェンス(攻撃)の先発メンバーに選ばれた。 8月1日   夕暮れは凪の海を思わせた。生温い風の騒めく人混み。僕と莉子は花火大会会場近くのコンビニエンスストアで待ち合わせをした。 ピピーピピピー  花火大会になると川沿いの道路は封鎖される。警察官が赤い灯火を左右に振って自動車を迂回させ歩行者に向かいホイッスルを吹いていた。帽子を目深に被った僕は腕時計を見た。待ち合わせの時間は過ぎていた。 (・・・遅いな)  これまでのデートでは僕がいつも遅刻した。 (どうしたんだろう)  莉子はそんな僕に小言ひとつ言わず文庫本を読んで待っていた。 (まさか事故とか)  僕は生まれて初めて人を待つ不安を体感した。 (今度から遅刻はしない!)  莉子に連絡を入れようと携帯電話を取り出したその時、僕は名前を呼ばれて振り向いた。 「蔵之介」  莉子は下駄の音と一緒に横断歩道を渡って来た。紺色の浴衣には黄色い花が咲き金魚の尾鰭(おひれ)みたいな赤い帯が結ばれていた。僕はその姿に見惚れた。 「遅くなってごめんね」 「あ、うん」 「お母さんに着付けして貰ってたら時間が掛かっちゃった」 「あ、うん」 「・・・変、かな」  莉子は着慣れない浴衣の裾を気遣いながら髪に手を伸ばした。黄色い花のイヤリングが揺れていた。浴衣の柄と同じ花だった。 「それ、かわいいね。向日葵?」 「マリーゴールドだよ」 「マリーゴールド、あっ、あの工芸茶の花だ!」 「そう、大当たり」  僕と莉子は橋に向かう緩やかな坂を歩き始めた。カラコロと耳に響く下駄の音が僕の鼓動を速くした。 「莉子、気をつけて」 「うん」  下駄を履いた莉子の足元はおぼつかなかった。僕はさり気なく手のひらを伸ばし人差し指を絡めて河川敷へと降りた。 ドーーーーン ぱらぱらぱらぱら  色鮮やかな光の華が夜空で弧を描き、腹に響く音が僕と莉子の距離を縮めた。堤防に腰掛けた僕には莉子しか見えなかった。 「莉子」  僕の気配を察した莉子は緊張していた。ゆっくりと顔を近付けたところで僕の帽子のつばが莉子の額に当たった。 「痛っ」 「ごめん!」  僕は慌てて帽子を取ると上半身を前のめりにしてぽってりとした唇に口付けた。一瞬触れて離れた唇、僕たちは恥ずかしくて下を向いた。 (あ)  莉子の下駄の鼻緒は赤色で足の爪にも赤いフットネイルが塗られていた。 「莉子、好き」 「うん」  僕たちはもう一度口付けた。
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