マリーゴールド色の紙飛行機

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マリーゴールド色の紙飛行機

1月  新聞で大学センター試験の記事を読みテレビの報道番組で大学第1次試験が始まった事を知った。 (・・莉子も生きていたら試験を受けてたんだよね)  ギプスを外し程なくして僕は高等学校を退学し通信制高校の入学式に向けリハビリテーションを始めた。日中はリハビリセンターで治療訓練に励み気も紛れたが夜になると莉子を連れ出した後悔に涙を流した。 「莉子のお墓に行きたい」 「馬鹿言わないで頂戴(ちょうだい)!」 「なんで駄目なの!」 「お嬢さんを亡くしたのよ!あちらのご両親の気持ちも考えなさい!」 「・・・・」  なにも言い返すことが出来なかった。 「母さん」 「なに」 「サッカー部のみんなに会いたい」 「連絡して来て貰う?」 「うん」  それから数日後、病室の廊下が賑やかしくなった。 「ここだ、ここ」 「なんだよ個室かよ」 「マジか」 「病院内では静かにして下さいね!」 「すんません」  影たちはすりガラスの向こうで看護師に注意され頭を何度も下げていた。そして聞き覚えのある声が威勢よく扉を開けると病室に傾れ込んで来た。 「よう、蔵之介!」 「チャリで事故とかダッセェな」 「元気か、あ、元気じゃねぇから入院してんのか」  大きな笑い声が響き看護師が扉を開け「静かに!」と眉間にシワを寄せた。サッカー部の有志が「差し入れだ」と漫画の本や菓子の詰め合わせを持って見舞いに来てくれた。 「どうだ調子は」 「まぁまぁです」 「リハビリは辛いか?」 「部活に比べればそうでもないです」  キャプテンがベッドの下から椅子を引き摺り出し腰を下ろした。布団を捲ると細くなった右脚が顔を覗かせた。 「無理するな」 「はい」 「元気になって戻って来い」 (みんなは僕が学校を退学した事は知らないんだ) 「どうした?」 「いえ、なんでもないです」  するとその背後からマネージャーの遠藤(えんどう)さんがマリーゴールドの花束を手に顔を出した。莉子の友人だ。 (そういえば、莉子が死んだのにどうしてみんなこんなに明るいんだろう)  遠藤さんは扉の方を伺い見て小声で驚きの言葉を発した。 「雨月くん、これ、莉子から」 「り、こ?」 「うん。この前お見舞いに来た時雨月くんのお母さんに断られたんだって」 「お見舞い?莉子は生きてるの?」 「なに言ってるの?」  遠藤さんは首を傾げた。莉子は生きていた、無事だった。先輩たちがそこに居るにも関わらず涙が溢れ出た。 「なんだよ、彼女からの見舞いで泣いてんのかよ」 「ダッセェなぁ」  大きな笑い声が廊下まで響き看護師が扉を開け「静かに!」と眉間にシワを寄せた。莉子が生きていた、生きていた! 「そうなんです、ダッセェんです」 「マジ泣きかよ」  僕はティッシュで涙を拭き鼻水をかんで遠藤さんの顔を凝視した。 「莉子は、莉子は無事だったの?」 「・・・・・・・」 「なに、教えてよ」  遠藤さんは前髪を上げると額の上に指で線を付けた。 「な、にそれ」 「莉子、おでこに傷が出来ちゃったの」 「そんなに酷いの!」  無言で頷く、その事に絶望した。 (女の子なのに、顔に傷が)  遠藤さんは紺色のブレザーのポケットから黄色い紙飛行機を取り出した。 「これ、莉子から預かって来たの」 「莉子から」 「うん、莉子のお母さんが雨月くんに連絡しちゃ駄目って言ってるみたい」 「そうなんだ」 「携帯電話も取り上げられちゃったんだって」 (だから母さんも莉子が死んだって嘘を吐いたんだ) 「雨月くん、莉子ね東京の大学に合格したから」 「そうなんだ」 「うん」 「莉子におめでとうって伝えて欲しい」 「分かった、伝えとくね」  僕は先輩たちが帰った静かな病室で深呼吸をした。動かない右の指先で紙飛行機を押さえ破らないようにゆっくりと開いた。 蔵之介 元気出して 蔵之介 また会おうね 蔵之介 好き 蔵之介 愛してる 蔵之介 行ってきます  僕は声を押し殺して泣いた。
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