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「あとは、買ってくれる人と不動産会社の担当さんと最後の契約書の取り交わしだけ。でも十時からで、まだ時間あるから一回部屋に行こう。健司、寝ないと」
「そっか。それはちょっとありがたいかな」
俺と一颯はチェックインしてある部屋へのエレベーターに向かう。
上方エレベーターのボタンを押している時に、俺の羽織っていた上着の裾が掴まれたのを感じ、そこに視線を落とす。すぐ隣で、俺の服の裾をゆるく握った一颯が、俯きがちに呟いた。
「健司ありがと。めちゃくちゃ嬉しいよ……」
ちょうどきたエレベーターに乗り込むと、ラッキーなことに誰もいなかった。
「嬉しいっ! もう卒倒するくらい嬉しいっ!」
誰もいないのをいいことに、一颯が弾んだ声を出して両腕を俺の首に回し、飛びつくようにして抱きついてくる。
いつもと同じサラサラのボブが宙に浮き、そしてすぐもとの形に戻る。
無駄足だったのにこんなに喜んでもらえるなんて、こっちの方がよっぽど嬉しいんだけど。
なんで先に確認しなかったんだっての、俺も。
狭い箱の中で俺は一颯をきつく抱きしめる。
「心配でいてもたってもいられなくなったのはほんとだけど、実は会いたかっただけなんじゃないかと……今わかっちゃった気がするわ」
「ね! わたしも早く終わって帰りかったよ。一人で寝るのが寂しすぎて……」
一颯もそんなふうに思ってくれていたのか。純粋に幸せすぎる。
「一颯、そういうこと素直に口に出すから俺の方が恥ずいし……嬉しい」
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