新島 さおり

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新島 さおり

「え! お母さん入院してるの?」 「うん。でも、明後日には退院予定だよ」    二学期の始業式の次の日、小学校から帰る途中、真弥ちゃんを図書館に誘ったら、お母さんのお見舞いに行くからと断られて驚いた。 「……どこの病院?」 「見山病院」 「……」 「どうしたの?」  見山病院と聞いて黙ったわたしに、真弥ちゃんが聞く。 「ううん。何でもない」 「嘘! 何かある顔してる!」 「何かある顔してる」なんて、本の中のセリフみたい。    わたしたちは二人とも、本を読むのが大好き。  でも、二人とも好きな本は全然違う。  わたしはタイトルに魔法とか、動物や女の子の名前が入っているものが好きだけど、真弥ちゃんは探偵や事件、謎って入っているものが好き。  一緒に図書館へ行って、全然違う本を借りて、読んだらお互いに内容を教え合うのが、わたしたちのお気に入りの遊び。  いつも本の中で、謎や事件を探偵たちと一緒に解決している真弥ちゃんに、隠し事はできない。   「わたしね、夏休み中におじいちゃんが死んじゃったの」 「え……そうなんだ……」 「おじいちゃんも、見山病院に入院してたの」 「そっか……無理やり言わせちゃってごめん」  真弥ちゃんがしょんぼりして謝るので、わたしは焦ってしまった。   「ちがうよ! おじいちゃんのお見舞いに行った時、怖い話を聞いたこと思い出して……」 「怖い話?」  謎と事件と探偵の次くらいに、怖い話も好きな真弥ちゃんは興味津々だ。  わたしは真弥ちゃんに、その時のことを話した。  おじいちゃんは、夏休みが始まる前に、転んで肩を骨折したことが原因で入院することになった。  お見舞いに行く度、段々元気が無くなっていくような気がしていた。    その日は、お父さんと二人でお見舞いに行って、お父さんがお医者さんとお話ししてくる間、わたしはおじいちゃんの病室にいるように言われた。  おじいちゃんは眠っていたので、ベッドの横のイスに座って本を読んでいた。少しして、おじいちゃんの顔を見てみると、おじいちゃんの目が開いていた。 「おじいちゃん! お父さんとお見舞いに来たよ」  おじいちゃんは天井に目を向けたままで、わたしの方を見てはくれない。 「おじいちゃん?」  わたしはおじいちゃんの右側に座っていたのに、おじいちゃんはゆっくりと首を左に向けた。 「山……」  おじいちゃんは小さな声でそう言った。 「山?」  おじいちゃんが見ているところには、ベッドを囲っているカーテンしか見えない。  わたしは、カーテンの外に出た。  その部屋には、廊下側と窓側にベッドが二つずつあって、おじいちゃんのベッドは廊下側だった。  おじいちゃんが顔を向けた方にはベッドが一つと、その向こうに窓がある。おじいちゃんのベッドと、もう一つの廊下側のベッドはカーテンで囲われていたけど、窓側の二つのベッドは丸見えで、人はいなかった。  わたしは、窓の方へ向かった。  おじいちゃんの言う山は、窓の外にあると思ったから。 「ダメだ!」    窓に近づく前に大きな声がして、わたしはびっくりして立ち止まった。    振り返ると、おじいちゃんじゃない方のベッドの人がカーテンの隙間から顔を出して、怖い顔でこちらを見ていた。お父さんよりは年上で、おじいちゃんよりは年下のおじさんだった。  どうして怒られたのかわからず泣きそうな気持ちになっていると、おじさんがハッとした顔をした。 「大きな声出してごめんね。さやかちゃんだろ? 新島さんが、君の話をよくしていたよ」  おじさんは怒っているわけではなさそうだった。   「……おじいちゃんとお友達ですか?」 「うん……そう。最近はおじいちゃん、眠っている時間が多いけど、入院したての頃は、よく話したんだ。ナス柄のパジャマのことも、嬉しそうに話してくれたよ」  去年、敬老の日のプレゼントに、おじいちゃんが好きなナスの柄のパジャマを選んだ。おじいちゃんはすごく喜んでくれて、今回の入院にも持って来ていた。 「さやかちゃん、この病院にはちょっと怖い話があってね。窓から山を見ると、良くないことが起こるって言われてるんだ」 「良くないこと……?」 「うん。さやかちゃんに良くないことが起こったら、おじいちゃん悲しむと思うから、窓には近づかない方がいい」 「うん……」  わたしは返事をして、おじいちゃんのベッドに戻った。  おじいちゃんは目を閉じて眠っていた。 「良くないことって何が起こるの?」  真弥ちゃんはわくわくしている。   「それは……わからない」 「そのおじさんって、まだ入院してるかな?」 「ううん。もう退院しちゃったと思う」  その日、お父さんが来ても、おじいちゃんは眠ったままだった。  三日後に、またお見舞いに行ったけど、おじさんはいなくなっていて、四人部屋に一人ぼっちのおじいちゃんがかわいそうだった。 「よし! お母さんのお見舞いついでに調査だ!」 「え! でも……」 「ごめん! あたし走るね。また明日!」  真弥ちゃんは走って行ってしまった。  怖い話を聞いた三日後のお見舞いの時、おじいちゃんは目を開けている時間もあったけど、何を話しかけても、一言も話さなかった。そして、その日の夜に死んでしまった。   『良くないことって何が起こるの?』    わからない……けど、おじいちゃんは死んじゃった。  死んだ時も一人ぼっちだったのかな。
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