俺は誰だ

1/3
前へ
/3ページ
次へ
 気が付けば、俺は山道を歩いていた。いつから歩いているのだろう。それに、どこを目指して歩いているのだろう。よく分からない。  さっきまで青かった空を急に黒雲が覆うと、雨が降り始めた。俺はリュックサックからレインコートを取り出し、素早く身に付けた。  雨はしだいに強くなってくる。ふと、頭に地図が浮かんだ。この道を辿って行けば避難小屋がある。ここからはそう遠くない。そんな情報が頭にインプットされていたということは、俺は何となくこの山道を歩いているのではなくて、あらかじめ準備をしたうえで歩いていると言うことだろう。  暫く歩くと、地図の通り木立の中に避難小屋が見えた。この景色、一度見たことがある気がするのだが。  避難小屋の戸を開けたとき、先客が一人いた。俺より年上の男で、歳は四十歳ほどだろう。そいつは俺を見て驚いたようだったが、それがいやに大げさな印象を受けた。  俺は男に会釈して、「急に降り出しましたね」と、挨拶代わりに言った。  それに対する男の返事は、「ああ、そうだな」と、ぶっきらぼうだった。  俺はリュックサックを肩から降ろし、レインコートを脱ぐと、男が座っている向かい側のベンチに腰を下ろした。 「でも、通り雨だと思いますよ。すぐ止むでしょう。暫くの辛抱です」 「だといいな」  男の口調は相変わらずぶっきらぼうだ。  その時、俺は思った。この男の顔見たことあるぞ。どこで見たんだろう。思い出そうとして、記憶の引き出しを次々と開ける。しかし、男の名前は出てこない。それどころか、記憶を探っていて、もっと深刻な事実が明らかになった。俺の名前が出てこないのだ。俺は一体誰なんだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加