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「何これ、天気雨?」
「狐の嫁入りって言うんだよ」
唇から、滑り落ちるテノールで語る彼、恭介と共にアスファルトで舗装された、だらだらと続く山の下りを歩いていく。
天気なのにぱらぱらと雨が降る不思議な感覚はとても気持ちのいいものだ。
空には薄っすらと虹がかかり、雨を吸って緑の匂いがぐっと強くなる。私はこの場所に歓迎されている気持ちになる。
先日始めたバイト先は、山の中腹にあって天文台とレストランがあり、私はそのレストランでウエイトレスをしている。
そこはアマチュア天文家が私有地である小高い山に共同出資して、設計から運営までを担当している、言うなれば、森に隠れた天文台だ。
緑の濃い針葉樹から覗く、円みを帯びた純白の天文台は、まるでおとぎの国に迷い込んでしまったんじゃないの? と錯覚するほどに美しくて、私はこの場所がとても好きだった。
三つ年上の恭介は、ここの天文台で天文家として研究に励む一方、施設の運営を切り盛りしている一人だった。
夜空が大好きで、宇宙の成り立ちや星の話になると目をキラキラさせて、身振り手振りを交えながら愛おしく、永遠と話してくれる。
うん……。そう。愛おしく。
私がアルバイトを始めたのも恭介の誘いがきっかけだった。
「宇宙船でプロポーズしたい」
恭介が一ヶ月ほど前に私に告げた言葉。
「えっ、宇宙船?」
「そう宇宙船。タイムリープする宇宙船」
「なに言っているのよ全く」
じゃぁ、何年先になるか判らないわね、と言葉を放り、取り合わなかったが、恭介を見ると悪戯っぽく笑って、目は夜空の話をする時のようにキラキラとさせていた。
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