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店のガラス窓を見ると、まず目に飛び込んできたのは星空だった。標高が高いせいもあって天の川が薄っすらと空に流れている。
次に目に入ったのは、雨に濡れた黒色のアスファルト。ガラス窓もよく見ると細かい水滴の粒が斜めに幾つもの線を描いていた。
「狐の嫁入り……」
つぶやくと、マスターは私の横に肩をならべた。
「ああ。ここは比較的おおいんだ天気雨が」
窓ガラスに映る、マスターの表情は優しかった。私に傘を渡すのと、恭介が店のカウベルを鳴らすのは同時だった。
「良かったぁ。間に合った」
息を切らして、矢継ぎ早に私の手を引っ張る。
「迎えに来た。時間があまり無いんだ、行こう」
すると、恭介はマスターに振り向きざま親指を立てた。
「じゃぁ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
マスターも親指を立て返し、柔和な表情で笑っていた。
どうしたの? お疲れ様ですじゃないの? 帰りますじゃないの?
私達はいつものように山の下りを歩く。
私の手を引く恭介は傘を差さなかった。
雨足はあまり強く無かったので気にはならなくて、それよりも私の気を引いたのは夜の坂道だった。以前想像した通り、ポツリ、ポツリと闇夜に浮かぶ暖色の街路灯はそれだけで幻想的だ。
眺めていると、どこかノスタルジーな心象が胸に去来して、懐かしみを含んだ寂寥と共に、キュッと胸を締めつける。
昼間とはことなって、影絵のように黒々とした針葉樹。その林間からライトアップされた純白の天文台が、西洋の古城を彷彿とさせて、網膜に焼き付くようだ。
はるか遠い星々の瞬きは、いま、この瞬間に出逢えた喜びを私に教えてくれている。静かな優しさを内包し、見るもの全てを包み込む美しさで私に微笑みかけてくれている。
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