リストカットにクチヅケを

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リストカットにクチヅケを

 じっとりと雨に塗られて、泥に汚れた制服が肌に張りつく。鬱陶しいぐらいの湿気が酷く心地良い。水溜りを踏みつけて、靴底から靴下へとじんわり生暖かい。一歩、一歩と音を鳴らして浸蝕していく様が苛立たしい。  こんな帰り道になると分かっていれば折り畳み傘を鞄に入れていたのに。憂鬱になるような鈍色の空は容赦なく大粒の涙を零す。  それなのに、私の心はどこかソワソワしていた。  もうすぐ家だ。ここ数日間は高校生活の中でも特に浮足立っている。鞄から家の鍵を取り出すのにももたついてしまい、せっかく手に取っても汗で滑らせる。反射的に周りを確認するけど誰もいない、私を見ている人の目はない。呼吸を整えると改めて鍵を開ける。  既に犯されきった靴を脱ぎ捨てて、私は急いで階段を駆ける。 「やっと着いた」  ジメジメとした部屋の中で、不快感のあるブレザーを脱ぎ捨てる。気まぐれな通り雨に襲われるなんて、昼間の天気からは考えられなかった。ここまで気持ち悪いとかえって着替えるのも面倒になる。  そんなことよりも、ベッドの方へ視線を移す。ふわふわとした肌触りの良いタオルケットに包まれている彼女は天使のように薄目で眠っている。 「また寝てる。私は今日も学校に行ってきたのに……ってかさ、聞いてよ」  彼女はピクリとも反応しない。よっぽど居心地が良いのか、いつまでも目は開かない。私の部屋なのに、まるで自分の部屋みたいに過ごしている。 「アイツら、また探してたよ? いつになったら学校に来るんだぁ~って。でもアンタが一週間ぐらい学校来ないことだってよくあるのにね。それでさぁ、私がアンタと仲良いからって代わりに付き合わされちゃって……しかも帰る時になって雨まで降り出すし、ほんと最悪だった」
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