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1・満天の星
「りく、少し痩せたんじゃないか?」
勇飛(ゆうひ)さんが、ぼくの肘のあたりを掴んで言った。ぼくは風呂上がり。黒いTシャツにハーフパンツ姿で居間のソファに腰を下ろし、チューブタイプのソーダアイスを食べていた。
勇飛さんは仕事上がりのワイシャツに、下だけスウェットパンツ。着替えの途中だったらしい。風呂から出て涼んでいたぼくに気がついて、寄ってきたんだろう。
居間はソファと焦げ茶色の木のテーブル、テレビなどが置かれているが、それよりも本がぎっしり詰まったアイアンの本棚が幅をとっている。他に目を惹くのは、フレームに入れて一枚だけ飾られたポスター。『シャイニング』のワンシーンだ。『シャイニング』とは、スタンリー・キューブリックが監督した、あまりにも有名なホラー映画のこと。ポスターはホテルの廊下を自転車で走る主人公の少年が、水色のワンピースを着た双子の姉妹(幽霊)に遭遇するシーンを写したものだ。
ぼくも勇飛さんも大好きな映画、大好きなシーンのポスターなのでお気に入りだけど、新居を訪れた両親には「ふつうに怖い」と言われた。それ以外を除く、整然としたインテリアで作り上げられた居間は、勇飛さんの趣味だ。ぼくたちの新居(マンション)の中でも、二人ともダントツにお気に入りのくつろぎスペースである。
勇飛さんは、ぼくが座るソファの、横のスペースに腰を下ろした。
ぼくは肘を掴まれたまま、
「ふふひはんほそはんふあっふひまひたね」
「は?」
ぼくはアイスから口を離すと、にこっと笑って、
「勇飛さんこそパンプアップしましたね」
と、言った。勇飛さんは「ああ――」とつぶやいて、力こぶを作ってみせる。
「そうだな、最近真面目にジムに通ってるから。今夜も仕事帰りに寄ってきた」
「文科系っていうか、研究職のわりにマッチョですよね」
「アルファだからかな。アルファって、筋肉がつきやすいらしいぞ」
「骨格タイプ、ストレートみたいですしね」
「骨格タイプ?」
「ちなみにぼくはナチュラルです」
勇飛さんの質問は無視して言いたいことだけを言うぼく。いつもの夫婦の会話だ。勇飛さんも、別に気にしていない(と、思う)。
一九三センチで、すらりとした体つきに筋肉の鎧を纏う勇飛さん。ウェーブの掛かった黒髪を無造作にぼさぼささせている。メタルフレームの眼鏡の奥の目はナイフのように鋭く、顔つきは狼のよう。精悍で、かっこいいけど色気にはいまいち欠ける。瞳はアルファによくあるグレーで、だからいつも少し潤んで見えた(グレーの瞳はそうなのだ)。
ちなみに、勇飛さんは賢いわりに(?)口調が少し粗暴だ。オラオラ系とまでは言わないけれど、体育会系のノリがある。さすが、筋肉のある司書にして、研究職。
一方のぼくは一七八センチと、オメガにしてはデカい。細っこくて、「骨格タイプ、ナチュラル」のぼくはどことなく全体的に骨ばった体つきだ(ちなみに「骨格診断」は、よく行くデパートの催しでしてもらった。「骨格診断」、ファッションに興味のある人は調べてみてほしい)。
それから、ぼくの髪はソフトにツーブロックを入れ、額で前髪を分けたショートヘアである。ブリーチを入れて染めた金髪。とはいえそこまで髪の色を淡くしなくても、元々色素が薄くて地毛は茶色がかっていた。睫毛も、特にマスカラなどはしていないが素で茶色だ。
顔立ちは、自分で言うのもなんだけど、整っているほう。でも、「眠そうですね」と、勇飛さんには初対面で言われた(目が眠そうに見えるらしい)。
周囲の人間たちから非難称賛問わず、ぼくは見た目も容姿も気まぐれな猫に似ていると言われ、勇飛さんは賢く頑固で硬派、精悍な狼に似ていると言われる。二人とも群れが似合わない。
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