1・満天の星

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 ぼくはつぶやいた。 「父さんと母さんは、わりと期待してると思います。そう考えると、少し気が重いです」  勇飛さんはぼくの肘から手を離すと、 「りくは心配するな。子どもを授からないまま、二人きりで生きていく夫婦はたくさんいる。お義父さんとお義母さんには、折を見て話してみよう」  少しだけ潤んだ灰色の瞳が、優しく柔らかに、ぼくを見つめた。  勇飛さんは、本当はしたいんじゃないかな、と思うときがある。  ときどき、ぼくの眠る寝室の扉の外で、勇飛さんが黙って立っていることを、ぼくは知ってる。でも、中に入ってはこない。  勇飛さん、と名前を呼んだら、あの人は入ってくるかもしれない。そう思うと、とてつもなく愛おしくて、とてつもなく恐ろしくなるぼくだ。  だから、中から名前を呼んだことは無い。  そんなことをぼくがつらつら考えていると、勇飛さんはソファから腰を上げた。キッチンに向かい、冷凍庫からアイスを取って戻ってきた。バニラアイス。  おっきな手で華奢なスプーンを握って、一箱六個入りの、小さなカップのバニラアイスを一つ頬張っている。ぼくは思わず言った。 「勇飛さん、ぼくにも一口」 「ん? ほら」  ひょい、と放り込んでくれるアイスの冷たさ、その鋭利な甘さ。幸せ。  勇飛さんはぼくの口の中からアイスのスプーンを引き抜くと、またバニラアイスに、それをさくっと刺した。 「カチカチ」  そう言って真面目な顔でアイスを掬おうと頑張る勇飛さん。 「これ、新幹線のアイスくらい固いな」 「え、家庭用冷凍庫でそれはなくないですか?」  と、ぼくがつっこんでいる間に。勢い余ったのか、掬ったアイスがぽーんと飛んで、居間の白い壁にべちゃっとくっついた。ぼくは思わず笑った。 「はは、馬鹿力!」  勇飛さんは慌てている。ティッシュボックスから一枚引き抜いて、アイスがぶち当たった壁に飛んでいった。アイスはてろりと落ちて、床も汚している。勇飛さんは大きな体をかがめて壁と床をごしごし拭きながら、ぽつりと、 「まさか飛ぶとは……。というか、こういうコント、あったな。『中川家』で」 「え、勇飛さん、中川家さん好きなんですか? うわ、ぼくもです! いっしょ」 「YouTubeでチャンネル登録してて、新しいコントが上がるとすぐに観てるぞ」 「いっしょに観たい!」 「ああ、観よう。中川家、天才だよな」 「ですよね」 「たまに狂気じみてるのが、またいいんだ」  うんうんうなずくぼく。勇飛さんはアイスでべちょべちょになったティッシュペーパーを持って戻ってくると、それをいったんキッチンに捨てに行った。手を洗って戻ってきて、ぼくの隣に腰を下ろす。  なんだかうれしそうに、にこにこしていた。そんなふうに笑うと、強面ながら可愛い。
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