1・満天の星

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「りくと共通点が見つかったな」 「いろいろありますよ、共通点。アイスが好きなとことか」 「たらこパスタが好きなところとか?」 「ハムスター、いつか飼いたいって思ってるとことか」 「『シャイニング』が好きなところとかも?」 「そうです。末永く、二人で平和に暮らしていきたいな、って思ってるとことか」  違います? とぼくが笑うと、勇飛さんは黙ってハグしてきた。  勇飛さんのハグは、力が強すぎてちょっと苦しい。でも、ぼくは勇飛さんのハグが好きだ。  勇飛さんに抱きしめられると、心がすうっと静かになって、きらきらした小さな音楽が流れる。なんだか満天の星空が、見える気がするハグだから。  勇飛さんは、ぼくにそんな「アミューズ」をくれる。「アミューズ」、「お愉しみ」。  でも、世間の人たちは言うだろう。「なにが『アミューズ』だ。エゴとエゴが一致しただけの、政略結婚のくせに」と。 (「エゴとエゴが一致しただけの政略結婚」は実際に、ぼくたちの結婚が発表されたとき、ネットニュースに書き込まれていたコメントだ。それを見て、「アルファ―オメガ間の結婚なんて、政略結婚が主なのに、なにを今さら――」とぼくが笑ったら、勇飛さんが悲しそうな顔をしたことを、昨日のことのように思い出す)  そう、結局は「政略結婚」だ。  そんなぼくが思い出す、結婚にまつわる名言がある。 「結婚とは、お互いを見つめ合うことではなく、一緒に同じ方向を見つめることである」。サン=テグジュペリの言葉だ。それを言うなら、ぼくたちは決して同じ方向を見ていない。さらに言うなら、お互いを見つめ合っているかどうかも怪しい。  ぼくたちは、お互いに好きに生きてる。ぼくは喫茶店のスタッフをしながらも、気の赴くまま、自由気ままにその日暮らし。勇飛さんは研究に精を出し、国内有数の大学にある図書館の副館長として、責任ある仕事を全うしている。  まあ、だからつまり、世間から見るとぼくたちには夫婦らしい一体感がなくて、お互い好き勝手しすぎているんだろう。そういうところが反感を買う。  セックスレスのことや、子どもを作る気がないことは、世間の人々は知らない。でも、もし知られれば、やっぱり悪感情を抱かれるだろう。オメガはここ日本では未だに、出生率を上げるために居るという、それがオメガの存在意義だという認識を持っている人が大半だ。それも、無邪気にそう思っている。  だから、お互いに同じ方向を見てもおらず、子どもを作る気もないのなら、結婚している意味なんてあるのかと、それなら結局やっぱり、この結婚は「金のため」であり、「世間体のため」なんじゃないかと、世間に陰口を叩かれることになるだろう。  だから夫婦としては、世間の「まっとう」な基準でいけば、なにかが「足りない」ぼくたちかもしれない。  でも、外野の言うことは気にしない。「まっとう」なんてクソ食らえだ。少なくとも、勇飛さんがフツウじゃなかったからこそ、彼はぼくと結婚してくれたと思うんだ。  だから「足りない」、それも上等。「足りない」からこそ――夫婦として「欠陥がある」からこそ、勇飛さんのハグで満天の星が輝く。  因果関係が論理的じゃないけれど、理屈では説明できないけれど、ぼくはそんなふうに感じている。 ○  抱きしめていた腕を離すと、勇飛さんはそっと笑った。 「バニラアイスを食べてたら、カルーアミルクが飲みたくなった」  勇飛さんは、甘党である。ぼくは笑った。 「今から、バーごっこします? ぼく、カルーアミルクなら作れますよ」 「ありがとう。で、中川家のコントを観よう。それか、『シャイニング』」 「それ、いい!」  顔を見合わせて笑う。中川家さんも『シャイニング』も、どっちも素敵に狂っていて、確かにぼくら好みだ。それをお酒を飲みながら堪能って、最高すぎる。  そう、こんな輝きとアミューズが、二人でいればなんとなーく、いつもある気がしてるんだ。  ぼくは。 (「1・満天の星」――終)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加