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「シリル。お前のご主人様、すごいことになってるぞ」
窓辺で体を丸めてうとうとしていると、噂好きのカラス――コゼットが飛んできて言った。
シリルはゆっくりと顔を上げた。
「何かあったのか?」
前足でまだ眠気の残る目元をこすりながら訊くと、コゼットがニヤリと目を細めた。
「なんと、王国大魔術師の仲間入りだってよ! しかも史上最年少だ!」
「へぇ」
「なんだ、あんまり驚いていないんだな」
目を丸くしつつも驚きの薄いシリルに、コゼットは不満そうに言った。
それもそうだろう。王国大魔術師と呼ばれる魔術師は国に五人しかおらず、若くても三十五を超えている。その国で優秀な魔術師に与えられる称号であるため、当然のことではある。
しかし、シリルの主人であるギディオン・モーランは弱冠二十三歳。そのあり得ない若さに普通なら驚くだろう。
だが、長年ギディオンの使い魔として傍にいたシリルからすれば、さほど驚くことではなかった。
いや、正しくは『この物語を知る』シリルからすれば、だ。
「驚くも何も、だってあの人だもんなぁ。いつかこういう日が来るとは思ってた」
「いや、その言い方だと何かお前のご主人様が犯罪者みたいなんだけど……」
「まあ、あの強さはどんな凶悪犯も逃げ出すレベルだからな」
伝説級の強さをこれまで何度も目の当たりにしてきたシリルは、苦笑まじりに溜め息をつく。
一度、学生時代にギディオンを妬んだ上級生が使い魔のシリルに危害を加えた時などすごい怒り様で、建物にひびが入るほどの地震を起こしたほどだ。
「あの顔でもともとモテてたけど、今回の件でさらに女たちは奴の虜だ。それにしても、あれだけ上玉な女たちに言い寄られても顔色ひとつ変えないとは、お前のご主人様は本当にクールだな。いや、クールっていうかもはや冷酷と言っていいレベルだ。知ってるか? あいつの腕に抱きついてきた女を冷たく振り払って『気安くさわるな』っていうのなんか日常茶飯事らしいぜ」
非難がましく耳打ちするコゼットだが、軽薄な好奇心は隠せていない。今日仕入れたばかりの情報を誰かに言いたくて言いたくてたまらなかったのだろう。
噂好きで嘘か本当かも分からない情報をペラペラとしゃべる奴なのにどこか憎めないのは、きっとそのせいだ。
シリルは苦笑した。
「まぁ、そう言うなよ。家庭の事情で人間不信なところがあるから」
「確かにあの冷たい目は人間を信じてない、いや、完全に嫌悪してる目だもんな。人間じゃない俺にさえあの冷たい睨みを向けてくるくらいだ。もしかしたら、この世の全てが憎いのかもしれない」
うんうん、と自分の説に納得するコゼット。
その推論はあながち間違いではない。
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