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ぺしぺしっ、とギディオンの頭を手で叩くが、ぷにぷにの肉球のせいでまるで抗議の意味をなさない。むしろご褒美だとばかりにうっとりと目を細めているほどだ。
「ふふ、相変わらずつれない子だね。僕が王宮に行っている間、どれだけ寂しかったことか……。寂しさで危うく死にかけるところだったよ」
大袈裟に憂いを帯びた溜め息を漏らすギディオンに、またはじまった……、とシリルは冷めた視線を送った。
「毎回そう言って無事生きて帰ってきてるだろう。そんなに寂しいなら俺も連れて行けよ。一応、これでも使い魔なんだし」
使い魔だがさほど魔力がないせいか、もしくはギディオンが無敵のチートすぎて何でもできるせいか、ほとんど使い魔らしいことをしたことがない。なので連れて行かれたところで何の役にも立たないことは分かっているが、いつも家にいるのでたまには外にも出たいというのが本音だ。
しかし、ギディオンはこれまでのとろけた表情を一瞬のうちに消して「それはだめだ」と厳しい声で、シリルの提案を一蹴した。
「外は危ない。もし僕の腕から軽い気持ちで飛び降りた先にガラスの破片でもあったら、シリルの可愛い足に傷がついてしまう」
「想定の危険レベルが低すぎる……!」
深刻な国の情勢でも語り出しそうな重々しい顔つきをしているので、なおさらだ。
「それにシリルは可愛いから他の奴らがどんどん触ってくる」
ギディオンが忌々しそうに舌打ちをする。
確かに外に出ればよく触られる。しかし猫とはいえど目つきの悪いシリルは決して可愛いと言われる部類のものではない。それでも人々がシリルに触ってくるのは、ひとえにこのふわふわの毛並みのおかげである。毎日欠かさず毛質が良くなる魔法薬で丁寧にブラッシングをするギディオンの努力の賜物だ。
あと単純に、ギディオンにどうにかしてお近づきになりたいという女性たちが使い魔のシリルを会話の糸口にしようと寄ってくるのだ。
どちらにせよ、女性に「可愛い〜」と撫でられるのは大歓迎だ。普段は出さないぶりっ子声で「にゃ〜ん」と鳴いて自ら腹を見せるほどだ。
しかし、人間不信のきらいが強いギディオンは、自分の使い魔に他の人間の匂いがつくのが気に食わないらしく、帰ってから全身を丹念に洗われた上に毛を短く切られてしまった。
毛が伸びる間は『僕はギディオン様専用の使い魔です。ご主人様以外触らないでください』と書かれた何かの罰ゲームとしか思えない手編みの服を着せられていた。
(それも今ではいい思い出……、いや、やっぱりいい思い出ではないな)
鏡や窓ガラスに映るあのあまりにダサい格好は、今でも悪夢のように目に焼き付いている。毛が短くて寒かったので着ていたが、できればこの自慢の爪で切り裂いてやりたいくらいだった。
「そんなことより、今日はシリルにいい報せがあるんだ」
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