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目を見開いてこちらを凝視するギディオンに、血の気がサァと引いた。
ギディオンは使い魔であるシリルには優しいが、人間には冷たい。相手が人間で全裸の不法侵入者となれば、なおさら容赦はしないだろう。
「あ、あの、ギディオン……」
震える声で慌ててこの信じられない状況を説明しようとしたが、それよりも早くギディオンが動いた。
弁解の余地すら与えないような凄まじい勢いで駆け寄ってくるギディオンに「ひぃ……!」と小さく悲鳴を漏らした。
(だ、だめだ……! 俺、殺される……!)
死を悟ったシリルはぎゅっと目をつむった。
しかし、
「ああ……っ! 人間版シリルも超絶可愛い……!」
「……は?」
いつものようにシリルを抱きしめ頬ずりするギディオンに、しばし呆然となった。
人間になったシリルへの興奮がようやく落ち着いたところで、ギディオンからこの姿について説明をしてもらった。
「……つまり、王国魔術師しか使うことが許されない禁忌の魔術で俺をこの姿にしたと」
ベッドの上で借りたシャツの袖を折り曲げながらシリルが言うと、隣に座るギディオンが満面の笑みで頷いた。
「そういうことだよ。さすが僕のシリル。飲み込みが早い。賢いね」
聞いた話をただまとめただけのシリルの頭を撫でながら目尻を下げるその顔はいつもと同じだ。
いくら自分が仕掛けた魔術とは言え、愛猫もとい使い魔がこんな冴えない男、しかも猫耳と尻尾付きという気色悪いオプション付きの姿になっても全く態度を変えないとは、我が主ながら恐ろしい。
(普通なら着ぐるみからおっさんが出てくるのを見た子どもくらいのショックを受けそうなものだけど……)
「それで、俺をこんな姿にした目的は何?」
人間の姿のせいか、同じ男に頭を撫で回されるのは気持ちがいいものではない。むしろ不愉快でもある。シリルはギディオンの手をぱしっと払い除けながら訊いた。
「目的? 決まってるじゃない。――あの日の約束を守ってもらうためだよ」
にこりと微笑みを深めると、ギディオンはシリルをそのままベッドに押し倒した。
上に覆い被さるギディオンに唖然としつつも、なぜか嫌な予感に背筋が粟立った。
「……えっと、約束、とは?」
「覚えてないの? 悲しいなぁ」
悲しいと言いながら微塵も悲嘆を感じない笑みを浮かべるギディオンに、冷や汗が流れる。
「子どもの頃に言ったじゃないか。もし僕が大魔術師になったら何でもお願いを聞いてくれるって」
その言葉を聞いて、ようやく丘の上で交わした約束のことを思い出した。
決してあの日の約束を忘れていたわけではない。ただ、ギディオンが纏う空気がどこか不穏で、あの純粋無垢な約束とすぐに結びつかなかったのだ。
それには理由があった。
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