喫茶なまくび

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 九月に入ってからというもの、台風の影響で雨が降ったり止んだりと安定しない天気が続いていた。週末は釣り客やハイカー達で賑わう店内も、今は店が潰れないか心配だからと冗談半分に来てくれた近くに住む常連客と仕事で訪れたらしい男性がいるだけだった。 「ねえねえ、こんなのどう?」  暇を持て余した娘の首里が花粉症用のメガネをかけて奇怪な食べ物をこしらえていた。 「おい、なんだそりゃ」 「ジャーン! 『喫茶生首』名物、生首地獄!!」  真っ赤なシチューの真ん中にチーズがかかった完熟トマトが鎮座していた。真っ赤なのはトマトと唐辛子パウダーのせいらしい。 「却下だ。勝手に名物にするな。それに、喫茶生首じゃなくて、うちは喫茶生方(うぶかた)だから!」  親戚が釣具屋を畳むことになり、それならばと、五年ほど前に『喫茶生方』をオープンした。 「良いじゃないの、オーナー。そのヘンテコな間違いのおかげで、若い子達も来るようになったんだから」  常連客の窪田が競馬新聞をガサガサとめくりながら笑った。ポロシャツのポケットには使い古したボールペンが刺さっていた。
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