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*十六
口中に再び赤い甘美な血液が流れてくる。ほんのりあたたかくじわじわと僕の中を染めるように満たしていくのを感じる。
「ッあぁ……! 零、ッあぁう!」
牙を立てる千弥の体が震え、溜め息交じりの喘ぎ声をあげる。じんわりと口元を伝う液体の感触が心地いい。
「っは、あぁ……零、すごく、気持ちいいよ……ッあ」
「ん、んぅ……」
さっき味わったはずなのにひと舐めしただけでまた欲しくなっている。満たされたはずなのに……口に含みながら感じる味が僕の欲情を煽るように滾っていく。
煽られた欲情が感度を上げていき、ナカにいる彼を模るように締め付ける。
「れ、い……ッあぁ、美味し、い?」
吸血されると身体をほとばしる快感に耐えるような声で千弥が問うてきて、僕が喰いつきながらうなずいて答えると、そっと後頭部を撫でてくれた。髪と肌の上をすべる指の感触は冷たいけれどいつもと変わらないやさしさで、化け物になっても変わりない感触に胸が締め付けられる。
「千弥……」
「大丈、夫……ッあ、ッく……」
食い込む牙の痛みに顔を歪めつつも、千弥はいつものように微笑もうとする。どうして彼はどんな時でも僕を泣かせまいとするのだろうか。もう僕はそんなに弱くも泣き虫でもないのに。
千弥がいなくては生きていけないのは変わらないけれど、でも彼の泣き顔を恐れるほど幼くもない。僕にだって千弥を慰めることはできるはずだ。
「ねえ、千弥」
「ッあぁ……な、に?」
「千弥も、吸う?」
「え、吸うって、なにを?」
「僕の血を」
「でも……」
「千弥ももう吸血鬼だから、血、欲しくない?」
吸い付いていた首筋から顔を離して顔を覗き込むと、千弥の顔色は既に蒼白になっていた。僕が血を吸いすぎているのだろう。
だから僕もと思って申し出てみたのだけれど、千弥は息を荒くしながら口をつぐみ、逡巡している。
「でも……零が、シンドくならない?」
「そんなの千弥と一緒だよ。僕だって、千弥のために何かしたい」
「零に痛い思いさせられないよ」
「平気だよ。千弥が僕を愛してくれているのと同じくらい、僕も千弥を愛したい。だから千弥。僕の血、吸ってよ」
「零……」
「血を吸って交じり合って、ひとつになろう。僕、千弥と本当にひとつになりたい」
ずっと千弥に伝えたかったこと。愛されてきた分だけ愛するにはどうしたらいいのか、ずっと考えていたこと。
それは、千弥のように僕もすべてを差し出すことだ。わかり易いことを挙げれば、こうして僕の血を吸ってもらう事でもある。
だけど千弥はまだ僕の言葉に躊躇いと戸惑いを隠せない様子で見つめている。
僕が吸血したことで多くの血を失っている千弥はいまかなりの飢餓状態なはずだ。だからいま僕に喰いつかないのはぎりぎりの理性で抑えているのだろう。
だから僕は精一杯微笑んで、「来て、千弥」と囁いた。
千弥はごくりと喉を鳴らしてつばを飲み込み、ゆっくりと顔を近づけて来て、ひと息に僕の右側の首筋に牙を突き立てる。
「ッく……うぅ……」
ぎりぎりと牙が食い込んできて、ビリリとした痛みが一瞬走り顔を歪めたけれど、すぐにそれを上回る快感がつま先から脳天へと突き抜ける。
「ッあぁ、あぁぁぁ!!」
突き抜ける快感に耐えかねてあげた悲鳴が狭い部屋に響く。食い込む痛みを掻き消すほどの快感は甘い痺れになり、やがて体を震わす。
突き抜ける快感に堪えるために反射的に千弥の背にしがみつき、思わず刻み込むように爪を立てていた。突き立てられた僕の爪の痛みに顔が歪んでも、千弥もまた僕を強く抱きしめてくる。
「ッあ、ッはぁう……千、弥ぁ……」
「零の血、すごい、美味しい……」
呻くように呟かれた言葉に甘い痺れを覚え、更に快感が煽られてナカの彼を締め付けていく。
締め付けたはずみに更に千弥が僕を突き上げて奥を突いてきて一層の快感が走る。身体を反らして感じる痛みはじわじわと蝕むように僕を淫らにしてとろけさせていく。
「あ、あぁ……千弥ぁ……」
「零……ッは、あ」
「もっと、吸って」
いざなうように囁くと、千弥はもう一度僕に牙を立てた。今度はもう痛みがなく、ただこの上なく心地良い痺れが巡る。
僕らはいま、ひとつになっている――体内に挿し込まれた熱とほとばしる血潮がぐるぐると互いの中を巡っていくのがわかる。
喉を鳴らして千弥が僕の血を吸うほどに脈打つように心が昂って滾っていく。
千弥が僕の首筋から口を離し、喰いつくように唇を重ねてくる。絡み合う舌に噛みつき、再び互いの血を交わすキスをする。キスを深めるほどに昂ぶりが煽られていく。
「ッん、ッふぅ……ンぐ」
「ッく、んぅ……っは、あ」
「愛してるよ、千弥」
「俺も愛してるよ、零」
インターバルを置いて息継ぎをしながらキスをし、血を交わす。溶け合っていく肌と血と体液に僕らは酔わされていく。意識も理性も既に姿も形もない。化け物以上に淫らになっていくばかりだ。
向かい合って抱擁しながら繋がる身体を感じながら、僕はもう幾度となく絶頂を迎えていた。自分でも知らない間に、白濁を吐き出して自分も千弥も汚していた。
僕らにはもう体温がないはずなのに繋がり合う身体は確かに熱かったし、吐き出す白濁にも熱がこもっていたと思う。
この熱を何と呼ぶのか、僕は知らない。でも確かに僕らを繋いでいてそこにあり、ふたりが互いを愛している証でもあった。これはたぶん、魂の持つ熱なのかもしれない。朦朧としていく意識の中で浮かんだ言葉は乱れて崩れる肉体を繋いでいく。
「あ、あぁ、ん! っは、あぁ!」
「ッあ、っはぁ、ッく……!」
「あ、あぁ、ッあぁ……!!」
名前を呼び合うこともできないくらいに相手を求めていたのは、ただ愛しさが高まっていただけではなくて、お互いの血に酔っていたからかもしれない。僕らは、吸血鬼だから。
でも僕はそれでいいと思っていた。ナカに感じる熱は確かに千弥のもので、彼が僕を愛していることと僕が彼を愛していることに間違いはないから。
悲鳴とも嬌声とも取れないケダモノのような叫び声をあげながら吐き出した幾度目かの白濁は、弧を描いて僕らの肌を染めていった。
身体を震わせ、体内に注がれたそれは僕をナカからも染め上げ、あるはずもない熱と体内を巡る赤い血潮に満たされた僕の身体をいまだかつてない幸福感に包んでいくのだった。
「――ずっと、一緒に生きていこう」
僕が呟いたのか、千弥が言ったのかわからない。もしかしたらふたり同時に囁いていたのかもしれない。無意識の内に、永遠を誓うために。
遠ざかっていく意識の中で聞こえた言葉は、僕らがずっと欲しかった約束だった。肉親もなく、お互いの存在しか頼る術がないふたりの寄り添い合う祈りであり願いだ。
血も精液も体温さえ分かち合いながら交わした言葉は、ようやく自分たちの現実となったのかもしれない。幻のように儚い誓いは誰の耳にも届かず祝福もされない。
だけどそれを感じられただけでも、僕はようやく生きてきて良かったと思えたのだ。
自分を傷めつけることでしか生を感じてこられなかった僕にとって、初めて覚えた悦びの中の生は、愛しい人の熱と同じ色と体温をしていた。
(――千弥、僕、もうどこにも行かない。ずっと、傍にいる)
それはほの明るい小さな狭い部屋の中で六等星のように小さく煌めいていて、何よりも美しい色を放っているように僕には見えた。
こうして僕は愛しい人を同じ吸血鬼にし、共に永遠を生きていくことを決めたのだ。
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