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長く喋っていたような気がするのに、学生寮の近くにある時計塔は、まだ真夜中を指していた。
「本当にありがとうございました」
「和泉さんの人生は、これからだから頑張って。
今日が新月で俺も戻れたから、タイミングがよかった」
(どういう意味だろう?)
達也が話す事は、時々和泉を戸惑わせたが、なぜか深く聞いてはいけない気がして微笑むだけに留める。
車を降りて、お礼のための連絡先も聞いていなかったと和泉が振り返ると、一瞬の隙に達也の車はいなくなっていて泥だらけのタイヤ痕だけが残っていた。
それから六年後。
和泉は愛心と別れては、復縁することを二度繰り返す。
決別できたのは愛心が他の女性との間に子どもをもうけて、結婚したからだ。
愛心から連絡がピタリと来なくなり、和泉の抑制された青春時代は終わった。
和泉は恋愛に傷つき疲弊した心を忙しさで紛らわせ、准看護師の資格を取ると同時に、更に進学して現在は正看護師として働いている。
(あの夜、山で会った人元気かな。もう一度会いたいな)
不思議な人だと思ったのは覚えているが、なぜか和泉は名前も顔も思い出すことが出来なかった。
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