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山に囲まれたこの小さな街は、高齢化が進み若者が遊ぶ所も少ない。
和泉は高校を卒業したこの春に、准看護師の資格を取るための定時制専門学校へ入り、午前中は提携の病院で働き、午後から夕方まで学校に行く。
そして夜には、病院が用意した学生寮で共に学んでいる仲間たちと勉強する……のが通常なのだが、高校から付き合っている愛心に呼び出されては、たびたび二十一時の門限をこっそりと破っていた。
「和泉、もうモラハラ彼氏とは別れなよ」
隠れて裏口から出る和泉に、友人が心配して声をかける。
「ときちゃん、心配してくれてありがとう。
でもせっかく来てくれてるから」
「優しくて可愛い和泉なら、もっといい人がいるよ。
ていうか私が付き合いたいくらいだぞ」
「ふふっ、ありがと。ときちゃん」
目立たない黒い綿パンにTシャツ、肩先まで伸びた黒髪をゴムでひとつに結んだだけの地味な格好の和泉は、化粧っ気のないその大きな二重瞼の瞳を緩ませて友人に微笑んだ。
そっと裏口を開けて、少し離れた路上で待っている愛心のもとへ和泉は走り、白いワンボックスタイプの軽自動車へ乗り込むと、金髪に染めた彼の顔を窺いながら笑顔を作る。
「遅かったな。駐禁切られたらどうすんだよ」
「ごめんね、らぁ」
和泉は身体をひねって後部座席にバッグを置くと、すばやくシートベルトを締めた。
「朔月岳に、夜景見に行こうぜ」
テストのことを気にしつつも、今日は機嫌が良さそうな愛心に安心して、山道へと向かう車に揺られた。
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