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「あ、ヤバい。どうしよ……バッグ、らぁの車の中だ」
あまり和泉の好みではないファストファッションのロゴが入ったトートバッグは、愛心が初任給で買ってくれた。
これ以外を使っていると、途端に愛心の機嫌が悪くなるので、デートの時には必ずこのバッグだ。
「スマホで連絡……あー、そっかバッグに入れてる……」
バッグが手元にないと認識したはずなのに、気が動転していてスマートフォンを探してしまう。
(車も全然通らないし、どうしよう)
道端に座り込んだまま手の平についた砂利を払い、暗くて良く見えないがたぶん血が出ているであろう痛い両腕もそっと汚れを落とす。
愛心が機嫌を直して再び迎えに来てくれるのを待つか、このまま山道を下って学生寮まで自力で歩いて帰るかの二択だ。
どちらにしろ、夜中の山は真っ暗で気味が悪く、このままじっと待っているのも耐えられない。
和泉はゆっくりと立ち上がり、歩いて下山することにした。
「戻って来てくれるなら途中で会うよね」
一人でつぶやくと、自分の声が闇に消えそうな気がして、より恐怖感が増す。
その時ふわりと冷たい風が首筋を撫で、キーンとかすかに響く耳鳴りと共に、知らない男性の声が響いた。
「……こっちだよ」
まるでイヤホンで聴いているように声が直接頭に入りこむ。
感じたことのない不思議な感覚で全身に寒気が走り、耳を塞いで悲鳴をあげたくなったが恐怖で声が出なかった。
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