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「……あのー、聞こえますか?
す、すみません。驚かせるつもりはなかったんですが」
いつの間にか耳鳴りは止み、後ろから周りの虫の音と共に遠慮がちに話しかけられる。
耳から手を離し恐る恐る振り向くと、ヘッドライトを照らした車の前に、男性が立っていた。
逆光で顔が良く見えないが、和泉の知らない人だ。
「あ……」
ライトの明るさにホッとして、心の中で戦っていた恐怖と不安が一気に流れ出ると再び涙が溢れてくる。
「そっちは崖で危ないですよ……大丈夫ですか?」
横を見るとガードレールがなく、簡易なロープだけの下には深淵が広がっていた。
「は……い、だいじょう……ぶです」
条件反射で返答してしまったが、和泉は更に震えあがり腰が抜けて座り込んだ。
男性は少し近寄って、和泉の横にひざまずく。
「ごめん、聞き方が悪かったですね。
あっ、ケガしてるじゃないですか。大丈夫ですか?」
再び聞かれた言葉に、和泉はまた『大丈夫』と返事をしそうになり、妙にそれが可笑しくなって涙に濡れた顔で口角が上がる。
人間は怖すぎると笑いが出てくるんだと初めて知った。
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