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彼氏から置き去りにされたと、見ず知らずの人に言いづらく、なんて言おうかと和泉は思案する。
二人の間に沈黙が訪れ、虫の音が激しく鳴った。
「とりあえず、外は虫が寄ってくるから、車の中に入らない?」
男性は車のライトに向かって飛んでくる虫を、和泉の周りから追い払ってくれている。
和泉はどう答えていいか戸惑い、しげしげと男性を見つめていると、彼は奥二重の瞼を持ち上げて目を見開いた。
「あ、大丈夫! 変なこととか考えてませんから。
そんなこと言ったら、余計怪しいか……。
身分証って言っても、運転免許くらいしかないけど」
そう言って見せてくれた運転免許証には『泉野 達也』と書かれており、その横の生年月日は思ったよりも年齢が上で和泉は驚く。
「……すごい、若く見えますね」
「え、そう?」
免許証を返して和泉は立ち上がり、服の汚れをはたいて落とすと、達也から助手席へ促される。
「後ろは荷物が多くて……俺が怖かったら荷物を前に移動させるけど」
「いえっ、大丈夫です」
たしかに後部座席には毛布や段ボールに入ったペットボトルの水、大きなリュックサックなどが載せられていて、人が座れるスペースはない。
まるで災害時の準備のような荷物だ。
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