第2球 俊足の麗人

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 打席に立って、第1球、顔の近くをボールが横切った。  今のは腰を引かせるためにワザとやったに違いない。  僕は普段、とてもおとなしすぎて中学時代までずっと日陰者だった。女子なんて僕を認識すらしていないだろう。中学時代は同級生の自己アピールばかりの陽キャ男子にいいように弄られていた。だからと言って、人と争ったり、マウントを取ったり取られたりするのも疲れるので、人の輪の中から遠ざかっていた。  しかし、野球だけは別だ。  幼い頃に父親とキャッチボールをした時に初めてボールがグラブに吸い込まれた時の音と感触に身体の芯から痺れた。  あれから無我夢中に野球をやってきた。  別にプロになりたいとかそういう願望(わけ)じゃない。  大人になって、普通の会社に就職した後でも好きな野球が続けられたらそれでいい。  他のことならいくらでも自分を騙せるが野球にだけは、ただただ誠実でありたい(・・・・・・・)。  野球の勝負である以上、僕はいっさいの手加減はしない。  素人なりによく練られた配球。  誰かに教わったわけではなく、本能で攻める投球をしてくる。  だけど、先ほどの試合中、彼女の癖を僕は見抜いていた。  外角低めへの速球を1塁側のファールラインのギリギリへ打球を運んだ。ある程度ミートすれば、ボールは内野の頭を簡単に超えることができる。  桜木茉地は投球動作中、軸足ではない方の足の高さによってボールの高さが変わる傾向があることに気が付いた。足を高く上げたらボールは高めに、逆に足をそこまで上げなかったら、低めにボールが集まる。投球フォームから内角か外角かは判断できないが、高さがある程度わかれば、狙いを定めやすい。
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