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――日が沈み、足元もはっきりしないまま、俺は函館山を登っている。
気が緩むと泣いてしまいそうだ。
喉奥に大きな鉛があるのではというくらい、息がしにくい。
それはそうか。俺は人生で初めて、大きな失恋をした。
失恋のショックで自律神経が乱れ、普段通りの呼吸ができなくなっている。
それくらい辛い精神状態のまま、どうして薄暗い函館山を登っているのか。
……答えは簡単。
俺はこの山で、死のうとしているからだ。
香美とは幼馴染で、共にこの街で育ち、そしてこの山によく遊びに来ていた。
大学進学を機に二人で東京に行き、二人共そのまま東京で就職。
高校一年生の時に告白して付き合うようになったから、約十年くらい恋人同士だったのか。
その関係性が、あっけなく壊れた。
まだ現実を受け止めきれていない。
まさか香美が、浮気していたなんて……。
ううっ……今度は心臓が痛くなる。
失恋というのは、こんなにも体に異常をきたすのか。
幼少の頃、まだ純粋な気持ちで好きだった香美と、二人で函館山に来ていた。あれは小学生の時か。
一緒に居るとドキドキして、二人きりになるのが恥ずかしかった。
いつか付き合いたいって、小さいながらに思っていた。
それが叶ってから絶頂期を迎えて、そして大人になって……裏切られた。
今は恨みさえある。あんなに愛していた俺を見捨てた香美に、報復の感情さえ芽生えている。
……でもそれは本望じゃない。
俺だって、香美に一度は選ばれた人間だ。
香美の記憶を、嫌なもので終わりたくはない。
……だから、まだ楽しかった記憶が濃く残っている、この函館山に来た。
あの時の何の淀みもなく好きだった時の気持ちを思い出して、俺が好きだった笑顔の香美を思い出して、そして死んでいきたい。
ただ振られた時の、怒りや恨みに塗れた自分で死ぬのはごめんだった。
夏が過ぎ、秋の肌寒さが全身に鳥肌を立たせる。
しまった、パーカー一枚じゃ寒いくらいだ。
まあいっか。
どうせこの後、俺は小さい頃の香美を思い出して、幸せな状態で死んでいくんだ。
ちょうど函館山の中腹まで来た、その時。
背後から何者かが近づいてくるような気がした。
「え、誰!?」
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