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会社が休みの日の朝、ぼんやりと家の近くにある山を眺めていると、ふとした疑問が頭をよぎった。
「なぜ俺の庭には山がないんだろう?」
俺は、その瞬間決断した。庭に山を作る。使命感が突如として現れ、使命感は火山の噴火の如く爆発した。
早速、ホームセンターへ突入だ。作業服をキメて資材コーナーに到着すると、店員が近寄ってきた。「何かお探しですか?」と聞かれ、堂々と胸を張って言った。
「山の材料だ。山を作るからな」
店員は凍りついた顔をした。
俺は真顔で続けた。
「庭に、富士山みたいな山が必要になってね。上質の土を数十トン。それからショベルカーも。今日中に山を完成させるから大急ぎで用意してくれ」
すると、店員は動き出し、無言でカタログを渡してきた。よーし、分かってきたようだな。
金を支払い、ホームセンターと家を何往復もして、買ったものを運ぶ。
「さ、やるぜ」
ショベルカーに飛び乗った。ゴゴゴゴゴッ!轟音が鳴り響き、近所の犬が一斉に吠え始めた。隣に住む田中じいさんが慌てて塀越しに顔を出す。
「ゲンちゃん、何してんだ?」
俺は微笑を浮かべ、じいさんに告げた。
「みりゃ分かるだろ? 山を作ってるんだよ」
田中じいさんは少し考え込んだ後、ポツリと呟いた。
「……いや、山を作るって…そんなに簡単なことじゃないよ?」
「承知の上だ」
田中じいさんは「はあ」と一言返し、家に戻っていった。
スコップを握りしめ、ショベルカーを操作し、どんどん土を積み上げていった。数時間後、庭には見事なミニ型富士山がそびえ立っていた。正直、ちょっとした丘かもしれないが。
が、何かが足りない……。
そうだ、山といえば木だろ? 木がない山なんて、肉のないステーキと同じだ。
田中じいさんに話をつけて、敷地から小さな木を三本借りてきた。
三本の木を、自分の山に植えた。
夕方には、見事な山(山頂まで徒歩30秒)が完成した。
「完成だああああ!」
頂上に立ち、拳を空高く突き上げた。その瞬間、背中に風が吹き、この世の頂上に立つ者の気分を味わった。
空が暗くなり、ゴロゴロと雷鳴が響く。
「ちょ、ちょっと待て!」
慌ててブルーシートを引っ張り出し、山にかぶせようとするが、土が崩れ始めた。
「俺の夢が……嗚呼」
土は一気に流れ出し、俺はその中で泥まみれになった。泥だらけの俺を見て、田中じいさんが塀越しに顔を出した。
「ゲンちゃん、山作るのって大変だよなぁ」
俺は泥まみれの顔で田中じいさんを見上げ、言った。
「失敗は、成功へのプロセスだ。何度でも挑戦する!」
「はっはっはっ、お前さん、ワシの若い頃にそっくりだ。応援してるから、頑張りなよ」
田中じいさんはまた笑いながら家に戻っていった。
今日も俺は、田中じいさんの家にある立派な山(山頂まで徒歩1分。どんな天候でも絶対に崩れないんだぜ)を指を咥えながら見つめている。
(了)
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