恋風

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 わたしは大切な人の前でとても弱かった。  穏やかに微笑む大切な人、葉月のとなりで、心地よく過ごしていたのに、いつかそれが出来なくなった。  笑おうとしたら出来なくて、大切な人だから、もう会えなくなってしまった。  ふたりでひとつのようなわたしたち。  葉月はわたしの半身のような大切な人。  今でも誰よりも大切な人。  そばに居られないわたしは、半分になってしまった。  悲しいことも、苦しいことも、いつだって葉月はわたしのとなりに居てくれて、全てを溶かしてくれた。  手を重ねて、それから抱きしめてくれる。  半身を分かち合うように、わたしたちは肩を寄せあっていた。  葉月は太陽で、わたしは三日月。  わたしの大切な人は、時々眩しい。  内気なわたしは自分を変えたくて頑張ってみた。  どんな時も笑っていられる自分になれた。  代わりに、溜め込むことも覚えた。  わたしは大切な人の前で、どんどん弱くなっていった。  こんな筈ではなかった。  時々眩しい葉月が、いつか眩しすぎて、目を瞑ったら、自分の影しか残らない。  わたしは大切な人の前で、上手に笑うことが出来なくなって、最後、本当に笑えなくなってしまった。  もうきっと、そばに居てはいけないのだと思った。  わたしは葉月の前から消えた。  わたしはわたしの半身を自ら手放してしまった。  ある日、葉月がわたしへ一冊の本を送ってくれた。  葉月のデビュー作。  その本には、わたしの大好きな、わたしの大切な人の大切な名前が刻まれていた。  後書きを読み終えたわたしは微笑んでいた。  次のページに目を遣ると、わたし大切な葉月の、わたしの大好きな筆跡が、わたしへ語りかけた。  わたしの大切な人はやはり眩しくて、しかし今も寄り添うように温かかった。  これから先、色んな人が葉月の言葉、物語で癒されるのだろと思ったら、嬉しくなる。  そうして気が付けば、わたしたちはまるで近いのに、合わさることが難しい遠くへ離れ離れになってしまった。  全てはわたしが臆病だから。    
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