6 スイミングスクール

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6 スイミングスクール

「スイミングスクールに通いたい? なによいきなり」  夜、生徒募集のチラシを握りしめて相談すると、母は怪訝そうな顔を見せた。 「ほら、この間僕、溺れちゃったでしょ? もうあんなことがないように、ちゃんと泳げるようになりたいんだ」  チラシは、愁にもらったものだ。  利用時間前の市民プールでは結局あれ以上話せなくて、水着を持っていなかった凛音は帰るしかなかったのだが、別れ際にスイミングスクールのチラシと、電話番号が書かれたメモをもらった。  その二枚の紙を交互に長めながら、凛音は一日中、これからどうするべきかを考えていた。  とにかく毎日でも愁に会いたい。  でも、相手は大学生でこっちは小学生。口実がないとなかなか会いに行けない。  愁が通うスイミングスクールに凛音も通うのが一番手っ取り早いという結論に至った。 「そういえばここ、(るい)くんも通ってるんだっけ?」 「え、誰?」 「誰って、お友達でしょ」 「……ああ、藤枝類(ふじえだるい)くん?」  リンネだった頃の記憶にばかり気を取られて、いま現在の自分の交友関係を忘れかけていた。  類は、幼稚園の頃からの友達だ。  今も学校で同じクラスで、よくオンラインプレイで一緒にゲームをしたりしている。  そういえば、ゲームの約束をする時、たまに『今日はスイミングスクールがあるから』と断られていたけど、あれは愁と同じスイミングスクールだったのか。 「まぁ、凛音もそろそろなにか習い事をやってもいい頃だとは思ってたのよね。ピアノ教室は辞めちゃったし」 「…………」  ピアノは幼稚園の頃に少しやっていた。  ピアノに触ること自体はわりと好きだった。  でも、先生が怖くて、行くのがだんだん嫌になり、幼稚園卒園と同時に辞めてしまったのだ。 「ピアノは、お母さんが教えてくれればいいよ」  凛音が生まれる前、母はピアノ教室の講師をしていたらしい。 「そうなんだけど、この家にはピアノを置く場所がないしねぇ。……そうだ、前に働いてたピアノ教室で、先生が一人辞めちゃって、私に復帰してくれないか? って話がきたんだけど、凛音、まだ一人じゃお留守番できないし、無理よねぇ。今からじゃ、学童も入れるかわからないし」 「大丈夫だよ。留守番ぐらいできるから」  今はまだ六歳だが、凛音には、十歳だった頃の記憶がある。  特に不安はなかった。  というか、母がいない方が自由に動けるので、そっちの方がいいかもしれない。 「そう? ま、考えとくわ。……このスイミングスクールも、お金がかかることだから、お父さんと相談してみるわね」 「……うん」  これ以上食い下がることはできずに、凛音はひとまず頷いて、自分の部屋へと行った。  ベッドに転がって、天井を見上げる。  古そうな木目の天井。  この家はもともとおじいちゃんとおばあちゃんが建てた家で、おじいちゃんは凛音が生まれる前に亡くなり、おばあちゃんは凛音が三歳の頃に施設に行ってしまったから、今はお父さんとお母さんと凛音だけで住んでいる。  リンネの家は、リンネが生まれる少し前に建てられた新築で、天井は真っ白だった。 (知らない家みたいだ)  リンネの部屋はいま、どうなっているだろうか。  お気に入りだった本やぬいぐるみは、もうとっくに処分されているだろうか。  それとも大事に取っておいてくれているだろうか。  ほんとは今日、リンネだった頃に住んでいた家に行ってみようかと思っていたけど、市民プールで愁とバイバイしたあと、ずっと頭がぼんやりしていて、気力がわかなかったのだ。  明日こそ行ってみようと心に決めて、足元に丸まっていたタオルケットをぐいと引っ張って肩までかける。 「凛音ーっ! そろそろお風呂入りなさいよー!」  ドア越しに、母の声が聞こえてくる。 「はーい」  一応返事はしたけど、目蓋が重くなってきた。  まどろみのなかで睡魔に揺られる感覚というのは、水の中にいる感覚に似ていると思った。 (水の中で死を覚悟した時、『私』はなにを考えてたっけ?)  なにかもうひとつ、愁と大事な約束をしていた気がする。  だけど、肝心の内容が思い出せない。  思い出そうとすると、水音に似たノイズで掻き消されてしまう。
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