1.捕食者の月と影

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 勇人はまだ息が整いきっていないのか、再びベッドへ仰向けに横たわり、天井を見つめた。そして、 「何故彼女を調べているんですか?」 と、訊ねた。  この質問は、史佳から興信所を使って彼女の身辺を調べて欲しいと頼まれた時にも一度していた質問だ。だがその時は、話題を()らされて上手くはぐらかされている。 「なぁに? 何で気になるの?」  そう訊き返しながらも、史佳は報告書から視線を外さない。そこには、茜の基本的な情報と、普段彼女がどのような生活を送っているのか、日々のルーティーンが書かれていた。  松原茜は現在二十四歳。家族は両親と茜の三人家族で、二階建ての一軒家に暮らしている。職場は個人経営の小さな不動産屋、『小咲(こさき)不動産』で、そこへは大学卒業後に父親のコネで正社員として雇用された。  彼女は普段、仕事場と実家を往復する毎日だが、時々仕事帰りにとあるマンションの一室へ立ち寄っている。その部屋は、以前史佳が茜に依頼し紹介してもらった物件でもあったが、現在その部屋の所有者は、茜の中学時代の同級生“白井(しらい)みづち”となっている。 「松原って苗字は……以前、課長が現場監督したビル建設の、交通誘導を担当した会社の従業員にもいましたよね? 課長が『怪我をさせたから住所を教えてくれ』って言ってた……」 「あら、そんなことあったかしら?」 「僕があの会社に名簿を依頼したので、しっかり覚えてますよ。メールも残ってますし。確か名前は“忌一(きいち)”でしたよね?」  報告書には、松原忌一のことも書かれている。彼は現在二十八歳で、彼の父親と茜の父親が兄弟であることから、忌一と茜は従兄妹(いとこ)同士の関係だ。しかし、忌一は九歳の時に松原家へ引き取られた養子なので、茜と忌一の間に血のつながりはない。  史佳は報告書をテーブルに置くと、再び勇人の隣へ横たわり、「もしかして勇人君……嫉妬してるの?」と訊ねた。すると、天井を見つめていた勇人が再び史佳に視線を合わせ、「課長が本当に気になっているのが松原忌一の方だとしたら、嫉妬してるのかもしれませんね」と口にする。 「あら残念。勇人君とは、もう少しこの関係を楽しみたかったんだけど」 「え?」  その直後、史佳の口は耳元まで大きく裂け、醜悪な顔でニッコリと笑ったのが、勇人の最期に見た光景となった――
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