1.捕食者の月と影

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 陽気な人々で賑わう喧騒の中に、ジュウジュウという肉の焼ける音と、カチンカチンというジョッキがぶつかり合う音がする。チェーン店として有名なこの焼き肉店は、平日の夜でも七・八割の客が席を埋めていた。  テーブル席はそれぞれ壁で仕切られていて個室のようになっており、その席のひとつに松原忌一とその養父(ちち)が、向かい合わせで座って焼き肉を頬張っている。 「忌一に奢ってもらうなんて、初めて忌一がバイトで稼いだ日以来だな」 「十年も前の話だよ、それ。勘弁してよ、父さん……」  苦笑する息子に、思わず声をあげて笑う父。二人で外食をすること自体、数年ぶりのことだった。  ずっと定職にも就けず、この歳までニートを続けてきた忌一にとって、お金がないことと父親に顔向け出来ないことの両方で、その機会を逃し続けていたからだ。 「本当はずっと家にお金を入れたかったんだけど……こんな歳になってからでゴメン」 「そんなこと気にしなくていいのに。父さんだってまだ働いてるし、別にお金に困ってないんだから。父さんは忌一が元気なら、それでいいんだよ」 「父さん……」  タン塩のせいなのか、忌一の口内はやけに塩味(えんみ)を感じた。不甲斐なさと父の愛情が、調味料になっているのかもしれない。  元々忌一の育ての親である養父母(りょうしん)たちは、忌一の特殊な体質を理解した上で引き取ることを決めたので、社会に上手く溶け込めないことにも寛容だった。それに実際忌一には、松原家に引き取られた後も様々な困難が降りかかっている。   「それにしても、仕事が上手くいってるみたいで良かったな。忌一を誘ってくれた人、何て言ったっけ?」 「村雨零司(むらさめれいじ)?」 「そうだ、村雨さん。その人には今度改めて、父さんからもお礼を言わないとな」  そう言って父は、網の上で踊る肉を一枚一枚丁寧にひっくり返していった。  忌一に出会う前の零司は、『霊能力者』を名乗り霊感商法をやっていた……などということを、忌一は父親に伝えていない。そのまま伝えればもちろん心配するからだ。  ただ、零司もただの詐欺師ではなく、喋る言葉が実現化するという“言霊(ことだま)”の能力を持っていた。正確には零司の力ではなく、彼の喉に封印されているの仕業なのだが。しかし言霊の力を使っているのは零司で間違いないので、現状彼の力と言っても差し支えはないだろう。  彼自身はその能力に気づいていないため、強運から妙な自信だけがついて霊能力者を続けていたのだが、忌一の能力、通称“鬼の()”の力を目の当たりにして、「一緒に仕事をしないか」と声をかけてきた。
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