1.捕食者の月と影

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 『鬼の眼』とは、この世のものではないもの――“幽霊”や、妖怪・妖魔・精霊といった類の“異形(いぎょう)”と呼ばれるものが見えてしまう能力で、忌一にはその上、それらとコミュニケーションをとることが出来た。  そんな二人が現在ビジネスパートナーを組み、『陰陽師(おんみょうじ) 松原忌一』と名乗って怪奇案件を解決する仕事をしているのだが、それもそのまま伝えれば父を心配させるので、忌一は零司のことを「俺と同じようなお仲間」、仕事のことを「能力を使った“何でも屋”みたいなもの」と説明していた。 「ところで忌一のその能力(ちから)は……仕事で使っても大丈夫なのか?」  口内の肉をビールで流し込み、父は改めて訊ねた。やはり心配させないようどんなに上手く誤魔化しても、今まで鬼の眼によって引き起こされた悪しき事柄がいくつもありすぎて、親としては心配が尽きないようだ。  忌一の孤児院時代や小学生時代は、仲間から爪弾きにされたり虐めに遭い、大人からは遠巻きに恐れられていた。養父母に引き取られてからは極力鬼の眼で見えることを口にしないよう生活していたが、ある日突然忌一を虐めていた生徒数人が姿を消し、忌一自身は血だまりの中、橋の下で倒れているのを発見されるという事件も起こっている。  その事件のせいか、中学時代は誰一人として忌一に話しかけなかったし、高校では人間の友人が出来ない代わりに、幽霊の親友が出来てしまう始末だ。そのせいで忌一は、命を落とす一歩手前まで生気を吸い取られた。  高校卒業後は進学せず仕事に就こうとしたものの、どの職も鬼の眼のせいで上手くいかず、五年前には突然養母が交通事故で亡くなり、その直後半身が異形に変異して、凄腕陰陽師のところで二年間の修行を余儀なくされている。  このようなことを実際目の当りにしてきた父が、鬼の眼に悩まされる息子を理解はできても、それが仕事として成り立つとは到底思えなくても至極当然だった。 「あぁ、別に何ともないよ。いざとなれば零司さんもいるしね」  実際零司は、かなり頼りになる存在だ。二人の歳の差はちょうど一回り離れており、先に霊能力者を名乗って仕事をしていたこともあって、忌一の能力だけでは解決できないことも、彼の言霊がよくフォローしていた。  陰陽師の仕事は細々とだが順調に進んでいる。だが父を安心させるほどには、まだまだ実績が足りていない。安心させることだけを考えたら、一般的な職に就く方がどんなに良いか、忌一にはわかっていた。しかし、この眼がある限りそれは難しいのだから、せめてそれを困っている人のために使えるだけ使い、少しでも胸を張って生きていきたいと忌一は願っていた。
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