1.捕食者の月と影

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「そうか。まぁ、長く続けられるといいな」 「そうだね」 「仕事はいいとして……忌一には今、誰かいい()はいないのか?」  突然の話題変更に、忌一は咀嚼(そしゃく)していたカルビとライスを一緒に噴き出しそうになった。そして思わず誤飲して、ゴホゴホと派手にせき込む。 「と、父さん!? いきなり何?」 「いや、少し前まで茜ちゃんと頻繁に会ってただろう? 父さんはてっきり、忌一は茜ちゃんといい仲だと思ってたんだがなぁ。幼い頃の忌一もよく、『茜ちゃん大好き』って言ってたし」 (父さんの前でそんな恥ずかしいこと言ったっけ、俺!?)  改めてそんな昔の話をされると、穴を掘ってその中に自分を埋めたくなる。 「い、いくら俺が茜を好きでも、茜は俺のこと『大っ嫌い』って言うしさぁ……」 「そ、そうか。まぁ、女の子は茜ちゃんだけじゃないからな。きっと忌一のことを好いてくれるいい()が現れるさ」  何で父親に慰められているんだろうと思いながらも、忌一はビールジョッキをグイッとあおる。 (俺を好いてくれる女の子ねぇ……)  そんな娘が実在するとすれば、鬼の眼の能力に理解のある人間だけじゃないのかと考える。だが、そんな娘が現れたとしても、その娘が必ずしも忌一を好きになるとは限らない。それに忌一の気持ちが、その娘に向くかどうかもわからないのだ。 (あれだけこっぴどく嫌われたのに、まだ俺は茜のことを……)  目の前に危険な異形が現れたことで、茜とはもう二度と会わないと決意したはずだった。しかし彼女に会えない時間が増えれば増えるほど、想いはどんどん募っていく。  使に、この気持ちが自分のものではないかもしれないという警告も受けたが、現状、今の忌一にはどうすることも出来ないのだった。 * * * * * 「今夜は青椒肉絲(チンジャオロース)?」  いい匂いに誘われた白井は、そう言ながらキッチンテーブルのいつもの席に着席した。テーブル上にはすでにご飯とみそ汁、それから刺身やシーザーサラダなどが、可愛らしい食器に盛り付けられている。 「この前白井君が中華料理好きって言ったから、挑戦してみたんだよね」  そう言って松原茜は、青椒肉絲の乗った大きな皿をテーブル中央に置いた。 「いつもありがとう」 「いえいえ。実家のキッチンは使いにくいから、自由に使わせてもらってるこっちがお礼言いたいくらいだよ」  ニッコリと微笑みを返し、茜は白井の向かい側の席に座った。そして二人は同時に手を合わせて、「いただきます」と声をハモらせる。  こうやって茜が白井の部屋で夕食を共にするのは、何度目になるだろうか。大島史佳の依頼で探したこの部屋を、白井が借りて住むようになってから茜は、度々こうして夕食を作りに来て一緒に食べている。
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