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史佳は同棲用としてこの部屋を探していたので、一人で住むには十分に広く、まだ二十四歳の白井が毎月軽々払えるような家賃ではないのだが、何故か彼はお金の心配をする素振りを一ミリも見せなかった。
(白井君が何の仕事をしてるのか、未だによく知らないんだけど……)
中学の同級生だった白井には、いろいろと謎が多い。転校してきたのも中学三年の二学期というとても中途半端な時期だったし、別々の高校に進学して音信不通になったものの、急に茜の職場である小咲不動産へフラリと現れて内見を希望した。
初めて会った時から芸能人並みのイケメンでかなり目を惹く存在だが、現在何の職に就いているのかは何度訊いても上手くはぐらかされている……というか、その都度答えを聞いてはいるのだが、耳馴染みのない横文字を羅列されて、よくわからずに納得させられているという感じだ。
茜は青椒肉絲をごはんの上にたっぷり載せて、それを口の中へと放り込んだ。肉汁とピーマンと油が口内でよく混ざり合い、その旨味についつい食が進む。チラリと白井を盗み見れば、視線に気づいた彼はお味噌汁をすすって瞳を細めた。
「これ、美味しいよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
「そう言えば昼間、僕も食後のデザートを作ってみたんだけど、食べてみる?」
「え!? 食べる!! 何作ったの?」
「フルーツの缶詰の寒天」
レシピは至って簡単だ。材料はフルーツの缶詰と粉寒天と砂糖のみ。
缶詰の中身はフルーツと汁に分けて、タッパーにフルーツだけをまず入れる。鍋に粉寒天と適量の水を入れ火にかけて煮立ったら、砂糖を適宜加え、吹きこぼれる前に火を止めて、適量の缶詰の汁を加えて混ぜ合わす。よく混ざったらタッパーに注ぎ入れ、蓋をして固まるまで冷蔵庫で冷やすだけだ。
「私、ゼリー系大好きなんだよねぇ」
「知ってた。中学の頃、給食でゼリー出るとテンション上がってたもんな」
「よく覚えてるね!?」
「そりゃぁ、好きな人のことは何でも覚えてるよ」
すっかり油断していた茜は、急にそんなことを言われて押し黙った。しかし彼女の心臓は、雷に打たれたかの如く激しく動き出す。白井の瞳は思っていたよりも真剣で、茜の瞳を捕らえて逃がさなかった。
この部屋を史佳の代わりに賃貸契約した時、白井は茜に交際を申し込んでいた。
『松原も一緒に住まないか?』
『え?』
『僕の気持ちはもう知ってるよね? 松原と付き合いたいんだけど』
だが茜は、突然の申し出にただただ戸惑ってしまい、それを察した白井が「とりあえず真剣に考えてくれる? 答えはいくらでも待つから」と言って、とりあえず賃貸契約だけを済ませて現在に至っている。
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