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茜が度々夕食を作りに訪れているのは、史佳との賃貸契約を逃した自分のためにこの部屋を借りてくれたことへの感謝と、告白の返事を先延ばしにしている申し訳無さからの行動でもあった。
いくらでも待つとは言われたものの、早く返事が欲しいだろうことは、言葉の節々や今回の自作デザートからも伝わってくる。こんなイケメンに想われて嬉しくないわけはないのだが、早く答えを出さなければと思えば思うほど、茜の口数は少なくなるし、味覚は麻痺していった。
早々に味が行方不明になってしまった夕食を終了し、冷蔵庫から白井が作ったというフルーツ寒天が取り出されたが、相変わらず互いの口数は少なく、ますます無言のプレッシャーを感じてせっかくの好物であるゼリー系デザートの味も、茜にはよくわからなかった。
「それじゃあ私……そろそろ帰るね」
空になったタッパーをシンクに置いて、着ていたエプロンを外しながら茜が言うと、白井は「外はもう暗いし、泊まっていけば?」と言った。この言葉を聞くのも、これが初めてではない。
(白井君は初恋の人だけど……)
まだ静まりきっていない自分の鼓動を感じながらも、じっと白井を見つめる。そこには、全体的に色素は薄いが完璧に顔の整い過ぎた麗人が立っていた。
彼の存在は、あまりにも現実離れしている。そして茜は、自分が十人並みの人間なのをよくわかっていた。彼と自分があまりにも不釣り合いだし、何故彼が自分に好意を抱いてくれるのかもわからない。その上一番気になるのは、従兄の忌一が彼を初めて見た時の反応だった。
彼があのような反応を示す時は決まって、相手が人間でない時だけなのだ。
(忌一のヤツ……)
茜の表情が、途端に曇る。
「ごめん。困らせるつもりはなかった。ただ、松原ともう少し一緒に居たかっただけで……」
「ありがとう。でも今夜はもう帰るね」
「わかった。じゃあ、途中まで送るよ」
そう言って二人は、どうにも出来ない歯痒さだけを残して玄関へと向かうのだった。
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