2.鬼の眼の源流

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2.鬼の眼の源流

 スマホ画面をスワイプする指が、突然凍りついたように空中で停止した。画面には『松原忌一』の連絡先が表示されており、人差し指は“通話”ボタンの三センチ上で止まっている。そのままの状態で五分ほどが経過した頃、大きなため息をひとつ吐いた高橋凪(たかはしなぎ)は、画面を暗転してスマホを机の上に置いた。  土曜の昼過ぎ、その日は特に何も予定を入れていなかったので、凪は家でのんびりと過ごすことにしていた。二階の自室のデスクを前に、ふと先週のことを思い出してスマホを弄っていた時のことである。  先週のこととは、忌一の想い人である松原茜を見に、放課後彼女がよく現れるというスーパーへ出向いた時のことだ。彼女とは特に言葉を交わさなかったが、その代わりに彼女のツレだった白い大蛇と話すことになった。  凪の眼には白い大蛇として見えていたが、普通の人間には色素の薄い芸能人並みのイケメン姿で見えており、彼の名は“白井みづち”といった。その正体は、白水神社が(まつ)る水神の眷属(けんぞく)だという。 『君は松原忌一と関わらない方が良い』  突然、白蛇はそう忠告してきた。何故そんなことを言うのかと訊ねれば…… 『あれの眼と君の眼は、似て非なるものだ。あれは災いを呼ぶ』 とのこと。 (似て非なるもの……)  そっと両目を閉じて瞼に触れてみる。凪の瞳は、人ならざるものを映す“鬼の眼”だった。そのせいで今まで何度も怖い目に遭遇している。  同じものが見える人は身近に居なかったので、この能力のことは極力口にしないよう過ごしてきた。  松原忌一と出会うまでは。  彼は凪と同じ景色が見え、その上“式神(しきがみ)”と呼ばれる守り神のような存在を二体も使役していた。そのうちの一体は、彼のジャケットの内ポケットによく潜んでいる花咲じじいのような恰好をした小さな老人、その名も“桜爺(おうじい)”。もう一体は、袖口からにょろんと鰻のような頭を出す、“龍蜷(りゅうけん)”だ。  彼が式神を使役するようになったのはここ近年のようで、鬼の眼によって苛まれる事柄について彼は共感し、理解を示してくれた。そればかりか、異形によって異次元に連れ去られた凪を通話によって助けたことまである。同じ眼を持つ忌一の存在が凪にとって特別になったのは、もはや必然だったかもしれない。  しかし大蛇は、二人の”鬼の眼”について「似て非なるもの」と言った。そして彼の眼は災いを呼ぶとも。その災いとは…… 『“異形”だ。その中でも特に恐ろしい、君ら人間が「」と呼ぶものだ』 (同じものが見えているのに、忌一さんと違うってどういうこと? それに鬼って本当にいるの?)  そう考えると居ても立っても居られなくなり、凪は突然立ち上がると、部屋を飛び出して階下へと降りて行った。
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