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砂糖菓子より甘い
「しんどい······」
ここ最近、ずっと体調の悪い日が続いていた。
頭痛、めまい、吐き気、動悸、不眠······
食欲もあまりなくて、朝食もスープしか喉を通らなかった。
だけど下級使用人は毎日忙しい。
朝から晩まで仕事があって、その量もたくさんある。
掃除、洗濯、皿洗い、配達や荷物運びなどの雑用などなど······
フェリクス様と会える休憩時間はほんの少しで1日のほとんどは仕事で消える。
体調が悪くてもよっぽどのことがない限りは休むことすらできない。
ダルい体を動かしようやく午前の分の仕事が終わったけど、時計を見ればもうすぐ夕刻。
いつもの倍以上の時間がかかってしまい、昼食の時間はとっくに過ぎている。
「······いいや。どうせ、食べられないし······」
お昼ご飯の代わりにと······僕はポシェットから砂糖菓子が入っているガラス瓶を取り出した。
砂糖菓子の数は残り5つ。
食欲はないけど、不思議とこの砂糖菓子だけは食べられる。
ただそのせいで減るスピードが早くなっていて、まだフェリクス様になくなることを伝えられていなかった。
だって、このガラス瓶を貰ってまだ3日しか経ってない。
いつもなら10日くらい持つのに。
さすがに食べ過ぎ──
「リュイ! 仕事をサボってなにをしている!?」
「っ!」
掃除を終えた部屋にバンッと扉がいきおいよく開けられる音が響いた。
扉を開けて怒鳴ったのは上司である総括長。
突然のことに驚いた僕は持っていたガラス瓶を床に落とす。
幸い、割れることはなかったけどガラス瓶は床をコロコロと転がっていく。
しかし転がった先は不幸にも上司の足元。
上司はガラス瓶を拾い、次の瞬間目を丸くして大声を上げた。
「っ!? これは王家御用達の店で販売されているものじゃないか! リュイ! お前、これをどこで盗んだ!?」
「盗っ······!? こ、これはフェリ······」
『ほかの人には内緒だからね』
"フェリクス様から貰った"と言おうとしたが、内緒だと言われていたことを思い出す。
かといって、王家御用達のお菓子を万年薄給の下級使用人の給金で買えるはずがない。
だから僕は身分の高い方から施しで頂いた物と言うしかなかった。
しかし上司はそれを信じず僕の頬を思い切り叩いた。
「いっ······!」
「嘘を吐くな! お前のような孤児にこんな高級菓子を与える奴などいるはずがないだろ! どこで盗んだのか正直に言えば、しばらく無給にする程度で許してやる」
「ち、違います! これは本当に貰った物で······!」
結局、僕は1度も信じられないまま罰として数ヶ月間の給料なしと言い渡された。
その頃には何度も容赦なく叩かれた僕は床に転がっていて、頬の痛みを感じながら上司を見上げている。
フェリクス様の瞳と同じ色の砂糖菓子だけ残ったガラス瓶を持つ上司はニヤニヤと笑っていた。
「これは私が預かっておく。お前はさっさと仕事にかかれ。終わるまでは夕食はなしだからな」
コツコツと遠ざかっていく靴音を聞きながら、僕は頬に涙が伝っていることに気づく。
「あ、あれ······?」
なんで僕、泣いてるんだろ······?
差別や嫌がらせは日常の1部。
ささいな失敗で叩かれるのは当たり前。
平民の孤児が高価な物を持っていたら盗んだと疑われるのは仕方のないこと。
頭ではわかっている。
なのに涙が止まらなかった。
「はぁ······はぁ······はぁ······」
悲しい、悔しい、しんどい、疲れた、逃げ出したい······
溢れ出した感情の渦に酔ったのか良くなかった体調が悪化していく。
頭が痛い、動悸が酷い、気持ち悪い、世界がグラグラと揺れている······
あれからどれぐらいの時間が経ったんだろう。
気づけば僕は部屋の外を出て壁を伝いながら歩いていた。
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