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――ユフィ様、たぶんだけど甘いものがお好きではないんだよね……。
にもかかわらず、砂糖やクリームたっぷりの焼き菓子を好むエリオットのために、こうして時間と手間を割いてくれる。本当に親切で心優しい人だ。
エリオットはその厚意に報いるためにも、少しわざとらしすぎるぐらいの勢いでマドレーヌにかぶりつく。
「んぐ……美味しい! ふわふわで甘い生地にアプリコットの酸味が程よくて、とても美味しいです!」
「本当? よかった……嬉しいな、今回のは特に自信作だったんだ。ひとつも失敗しなかったんだよ?」
今ではこうして得意気に胸を張るユフィだが、数年前、菓子作りを始めた当初はそれはそれはひどいものだった。料理だけではない。掃除も草木の手入れも何一つろくにできず、毎日大変なんだ、と会うたびエリオットに泣きつきて来た日が遠い昔のようだ。
それもそのはず、ユフィは貴族の出なのだ。しかも、実際にはアウレロイヤ家よりも上位の家門の出だと聞いたことがある。王都の貴族の名など聞いても分からないだろうと尋ねたことは無かったが、どうやら精霊の祭殿の神官となるためにアウレロイヤを名乗るようになったそうだ。神官はアウレロイヤ家に連なる者しか務められない。
ともかく、本来、神官といえどありとあらゆる雑務とは無縁の生活を送るはずで、そういった教育は何一つ受けてこなかった。
しかし、高潔かつ慈愛に満ちた彼はそれを良しとしなかった。民草の規範となるべき自分が楽をすること、不可能が存在することは、その道義に反したのだろう。
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