花屋のエリオット

2/6
前へ
/133ページ
次へ
 眼鏡の向こうでにこりと笑ったシェリーに手を振り、玄関を飛び出す。そのまま通りを渡ろうとしたところで、横からよお、と聞きなれた声がした。思わずそちらを向く。自転車に繋いだ三輪の荷箱の小荷物を仕分ける手を止め、片手を上げてへらりと笑いかけてくる。オレンジ色のキャスケット帽から鳶色のゆるい癖毛が飛び出したその青年は、隣に住む幼馴染で配達屋のジンだった。 「神官様のとこ行くのか? 配達なら俺に任せりゃあいいのに」 「いくらジンでも駄目だよ、これは僕の仕事だから」  苦笑しつつ大事そうにバスケットを抱え直すと、ジンはおどけたように両手を広げてみせた。  こればかりは絶対に誰にも譲れなかった。この仕事があるから、一市民でしかないエリオットは敬愛するあのお方と関わることができるのだ。  馬車を待たせていたことを思い出し、挨拶もそこそこに目抜き通りを横断し御者に頭を下げた。 エリオットが窓際の席へ着席するのとほぼ同時に、三頭立ての馬車はゆるりと発車した。  乗車率はいつも通り七割ほどだろうか。終点は二時間ほど揺られた先にある川沿いの集落で、大抵の者はそこで別の都市へ向かう馬車へと乗り換える。川の水量が多いと何日も足止めを食らう、宿場町としても有名な町である。けれどエリオットが目指すのは、そこから二十分ほど森へ分け入った先にあった。  ――元気で特に綺麗な花を選ぶのに時間かかっちゃった……今回も喜んでくださるといいな。  静かな森の中で、アウレロイヤの精霊を祭る祭殿。そこへ四、五日に一度、装飾用の花を届けることがエリオットの重要な仕事なのだ。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

231人が本棚に入れています
本棚に追加