花屋のエリオット

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 ――……あっ、身だしなみを整えてくるのを忘れた……!  奥の座席に腰かけた小奇麗な女性の姿を見てそんなことを思い出し、慌てて髪を撫でつけてみる。艶やかな黒髪は触り心地がいいらしいが、どうにも癖がつきやすく扱いにくい。できることならばあの人にみっともない姿を晒したくはないのだけれど――落胆のあまり真青な瞳が伏せられた。まるで丁寧に磨かれた玉のように滑らか肌に、月夜にはばたく夜鳥の羽根を思わせる濡羽色の髪。そして湖底の主が生涯をかけて守り抜く宝玉があったらこんな色をしているのだろうと感嘆せずにはいられない、神秘的な輝きを放つ温厚そうな深い蒼の双眸。  それらの前で少しの寝癖や汚れなど全く瑕疵(かし)にならないことを、エリオット当人に教えてくれる者はいなかった。むしろ、誰に言われたわけでもなく自身の容貌にコンプレックスを抱いているほどである。先月成人を迎えたにも関わらず同世代より小柄で華奢で、全く男らしくならないのだ。背丈はもう少し伸びそうだが、それでも長身の女性とそう変わらない程度だろう。顔立ちが幼いことも気になっていた、このままでは一生、あの人に――ユフィに一人前の男として頼ってはもらえない気がする。  気を紛らわそうと、窓の外へ目を向けた。すると、とある民家の戸口に人だかりができている。  その中心には、目を奪われるような青を全身に纏う、一組の男女の姿があった。 「婚姻装束だ……」  惚れ惚れするような華やかさと幸せな空気に、思わずほうと吐息が漏れる。
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