花屋のエリオット

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 アウレロイヤにまつわる伝承には、続きがある。  長旅を終えジェスリンを建国した後、初代王は精霊に深く謝辞を示し、恩義に報いたいと申し出た。欲も願いもない精霊は困り果てつつ、人としての生活に興味があるのだと告げた。しかし永遠に等しい時を生きる精霊に、人らしい心はない。仲間とともに笑いその死を悼み、大地の美しさに涙を流し、豊作の喜びに歌い踊る人の気持ちを解することはできない。  だから代わりに、自身の愛し子が人として幸福に生きる姿を見ていたい、と願った。王と民草は喜んでその任を引き受け、その後、約六十年に一度、精霊の加護を得た御子(みこ)が産み落とされることとなる。  どう見分けるのかは、王族やアウレロイヤ家にしか伝わっていない。精霊の子を巡り、争いが起きかねないからだ。そんな中でも王立の孤児院に紛れ養育されることだけは周知の事実となっている。  精霊のいう人生最大の幸福は、最愛の相手との婚姻を示した。御子は結婚相手を見つけてようやく、婚儀の際にその正体を衆目に明かす。  一般民衆はそこで初めて、精霊の子の御姿を知るのだ。  幼い頃から精霊の伝承を聞かされて育つジェスリンの民にとって、精霊の子の伴侶となることは望外の夢。  ――そう、だから、本当は僕なんかが親しくして良いお方ではない……好きだなんて、もっといけないことだ。  神官たるユフィこそが当代の御子であるに違いない。  エリオットは、初めて出会ったときから、そう確信していた。
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