晴天の霹靂

3/4
前へ
/133ページ
次へ
 エリオットの心は、まだ晴れない。針を進めるにつれてずうんと深く落ち込んでは、ふとした拍子にもう仕方のないことなのだから、と前向きになる。心が、水を吸っては絞られてすかすかになる、スポンジになってしまったようだ。つまりはひどく情緒不安定だった。  刺されているのは布地なのに、針を通せば通したぶんだけ胸が痛む瞬間が訪れる。直接、針で突き刺されたように、ちくちく、痛んだ。そこに縫糸で描かれるのは、きっとユフィを想うほどに大きくなるむごたらしい傷跡なのだろう。気を紛らわせようとそういう魔法がかけられた毒針なのかもしれないと、突拍子もないことを考えて失笑した。  どれだけ苦痛をともなおうとも、手を止めることはしない。この作業から逃げてはいけないのだ。  事件は、六日目の晩に起きた。  シェリーズの店じまいをしたあと、ジン一家の誘いを受け隣家で夕食をご馳走になった。最初はエリオットを慰撫しようとするような空気があったが、空元気が功を奏して賑やかなものへと変わり、ほっと安堵した。事情は不明ながら、落ち込んだエリオットを放っておけず元気づけようとしてくれたのだろう。 これで、少なくとも表面上は立ち直ったと理解してくれたはずだ。優しい隣人たちに無用な心配をかけたくない。  そうして自宅に戻り、寝自宅を整えつつ、ランプの明かりを頼りに少しでも作業を進めておこうか逡巡していたときのこと。  ドンッ、ドンドンドンッ!  静かな雨夜に、何者かが店の戸を激しくたたいた。  エリオットは飛び上がった。反射的にカウンターの裏に身を隠す。 「こんな夜更けに、だれ……?」
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

247人が本棚に入れています
本棚に追加