襲来

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襲来

 ぴんぽーん  ピンポン、ピンポン、ぴんぽーん  ぴんぽーん  家のチャイムが連打される。  インターホンなんていいものじゃない。  ましてやカメラ付きなんてどんな便利道具ですか。  そういいたくなるくらいに、我が家の設備はロートル。  いや、付け替えればいいだけなんだけどね。  気に入っているので、昭和の団地をリノベーションした住宅に元々付いていた物を、そのままにしているのだ。 「はいはい」  平日の夕飯時、三十代男性の住宅を訪ねてきてチャイムを連打するなんて、限られた人間だけだろう。  ってことでドア窓も確認せずに玄関を開けて、固まった。 「よっ」  そこにいたのは確かに条件に当てはまるけど、想定していた人物ではなかったので、そのまま扉を閉める。 「ぅえええええ? お兄ちゃん? おにいちゃあん、あけてぇ~入れてぇえ」  さすがに近所迷惑になるレベルではないものの、ドアの向こうでの騒ぎに息を吐く。  はあ。  しぶしぶ身幅の分だけ扉を開けたら、ぐいぐいと身体をねじ込ませて、猫みたいに中に入ってきた。 「律、何しにきた」 「お腹空いたの」 「ウチは食堂じゃねえ」  勝手知ったる何とやらで、靴を脱ぎ捨ててコートを脱いで、居間のソファにダイブしてくつろぎ始めたこの女。  浜田律(はまだ りつ)。  俺の……浜田匡(はまだ きょう)の歳が離れた実妹。  歳が離れているからか、甘やかしすぎた。  それぞれ家を出て社会人として独立したっていうのに、何かっちゃあウチにくる。  まあ、実家はな、予定せずふらっと行けるところじゃないけどさ。  物理距離もそうだけど、今もまだ現役でバリバリと働いている母が、父を溺愛しているので。  未だにデートだとかで家にいないことも多い。  父は子どもがかわいいからと言って、予定を変えることは厭わないけど、後で母の拗ねっぷりがすごいことになる。  結果何かっていうと弟妹は、俺のところに息抜きにくるのだ。  妹もそれなりにかわいいから、いいのだけど。 「暇になるとウチに来てさあ、お前、デートの予定くらいないのか?」 「ない。別れた」 「ああ、そう……」  親なら「年頃の娘がだらしない」って、言うんだろうなぁって格好で、ソファの上でだらけている。  外では絶対に見せないだろう、律の姿。  小柄で色白で目がくりっとしていて髪はつやつやさらさらの、ぱっと見がかわいい小動物系の妹は、当然それなりにもてる。  もてる分、隙を見せると足元をすくわれるので、外ではそれなりに気を張って過ごしているらしい。  しょうがないなあと、床に放置されていた上着を拾い上げて、ハンガーに掛けてやった。 「多分、後でりん兄も来るよ」 「ああ、そう」  妹の口から出た名前に、微妙な気持ちになる。 「結局うまくいかなかったって言ってたから」 「倫が?」 「他に誰がいるの」  俺と律は十歳違い。  間に、倫という弟がいる。  俺の最愛。  先週会ったときには、気になる女性がいると言っていたので、しばらく顔を見ることはできないかなと思っていたのだ。  それでもチャイムが連打されると、いそいそと玄関に向かってしまうわけだけど。  そうか、だめだったか。 「浜田匡さん、質問があります」 「はあ? なんだよ藪から棒に」  だらけた姿勢のまま顔をこっちに向けて、律が言った。 「お兄ちゃん、りん兄のこと、好きなの?」 「……だったら、どうする?」 「別に。聞いておきたかっただけ」  真顔で律が言った。 「お兄ちゃんはさ、あたしたちにデートはないのか恋人はいないのかって言うけど、自分はどうなのよって感じでさ」 「言っとくけど、今まで相手が誰も居なかったんじゃねえから。最近、居ないだけだから」 「知ってるよそれくらい。けど、お兄ちゃんのスペックで全力でかわいがられてみ? どんだけハードルが爆上がりすることか」 「んなわけねえだろ」 「あるの。でも、あたしはいいの。求めるものがお父さんだから。でも、りん兄は違うじゃない。だから、お兄ちゃんどんなつもりなんだろって思ったの」  あー。  律の言葉にイタいところを突かれて、俺は天井を見る。  ウチの両親は言うなれば『女王陛下と忠実な側近』。  迫力美人でキャリアウーマンの母がぐいぐい攻めて、おっとり癒し系の父を落とした組み合わせ。  なので、律が求めるのはリーダーシップとか年上の包容力とかじゃないってことだろう。  じっとこっちをみていた律は、肩を竦めてからスマホを眺めだした。 「まあ、いいけど。お兄ちゃん、今度、外で晩ご飯おごってね。りん兄ぬきで」 「はあ?」 「おごりたくなった時でいいからね」 「なんだそりゃ」  律はそれ以上何も言う気がなさそうだったので、俺は台所に立つ。  倫が来るのが本当かどうかは知らないけど、米をセットしておかなきゃ食うものがない。  先に連絡くらいしろっての。  俺一人なら冷や飯温めて終わってたんだよ。  米を研いで炊飯器をセットしたところで、律の予告通り、チャイムが連打された。  玄関に行ってドア窓を確認せずに扉を開ける。 「よっ」  いつものように笑顔でそこにいたのは、倫だった。  素早く玄関に目を走らせ「女の靴?」って騒ぎながら、当たり前のように中に入っていく。  靴のチェックをするくらいなら、遠慮ってやつを覚えろよって、倫が相手じゃなきゃ言っているところだ。 「ああ、りん兄」 「なんだお前かあ」  意識しているのかいないのか、倫がほっとしたように力を抜いた。  いつもウチに来たときに鞄を置く場所に、当たり前のようにぽいっと鞄を置いて、その上に脱いだ上着を置く。  だから、ハンガー使えっての。  倫と律でソファの場所取りをしているのを横目に、倫の上着を拾ってハンガーに掛けた。 「お兄ちゃん、お腹空いた」 「あ、おれも腹減った」 「だからウチは食堂じゃねえっつの」 「えーお兄ちゃん」 「兄ちゃ~ん」  声をそろえてねだるんじゃない。  欠食児童かお前らは。 「手伝え」  台所に向かうついでに、倫の頭に手を置いた。  さらりとした髪。  形のいい頭蓋骨。 「やったー」 「えええ、おれぇ? 律は?」 「後で。三人で立ったら狭いだろうが」 「それもそっか」  俺は母親に似て背が高く、倫と律は父親に似て小柄。  隣に立つ姿に、安堵する。  俺の最愛は、まだしばらくここにいてくれるらしい。
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