その一冊を抱き

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 大学からの帰路、就活帰りでもある。  パンプスは先程、履き替えた。リクルートスーツに、足元だけ歩きやすいスニーカ。ヒールもパンプスも大嫌い。歩きにくいし、踵を怪我するだけで良いことが一つもない。  黒のビジネスバッグは会社資料や履歴書、折りたたみの日傘や日焼け止めなどの小物が詰まっているせいで膨張気味。考えること、暗記しておかなければならないことでパンク寸前の私の脳内にそっくり。  気晴らしが必要だ。気分転換ともいう。したくもないことを頑張った後は、自分の好きなことに時間を使うに限る。  丁度目に入ったコンビニに立ち寄り、コピー機を使う。  コンビニのコピー機は万能だ。機体名称以上の機能を有しているから。  具体的には、デジタルデータを元にカラー写真の印刷ができること。これが私にとってかなり有益。  スマートフォン内の写真を数枚現像し、普段から持ち歩いているお気に入りの手帳に貼り付けて、日付、曜日、天気、その日の出来事と自分の感想を端的に表した文章を書き加える。  これは私の小学生の頃からの習慣で、趣味と称しても差し支えないルーティン。日々の想い出を自分の言葉と綺麗な写真で描き出し、好きなデザインの手帳へと集約させて、この世に一冊しかない私だけのオリジナル記録媒体を創り出すのだ。  時代錯誤であることは自覚しているし、継続コストもかかるけれど、小学生の頃からずっと続けてきたことだから、続ける方が私にとっては普通であり、むしろ止める方が異常事態なので、これからも変わらない。  仲の良い友達からは、こだわりがあって良いと思う、長く続けられるのが本当に凄い、味のある趣味を持ってるのは羨ましい、と褒めてもらえた。あまり仲良くない友人達からは、デジタル全盛期なのに紙に書くとか写真印刷するとか手間だしお金の無駄じゃない? 就活中なのにそういうことする余裕あるんだね、手帳にこだわる必要ある? SNSやればよくない? と指摘される。私も人間なので、否定されたら傷つくし、悲しい気持ちになってしまうけれど、彼女達の指摘や発言の内容は現代の価値観に当てはめて鑑みれば、実にその通りなので、反論したり不貞腐れたりはしない。趣味やこだわりなど、個人によって異なるのが常。共感できるものもあれば、自分とは合わないな、自分は手を出さない領域だな、というケースもままある。それが人間というものだ。他者のやる事や他者の価値観に対して、他者がとやかく言う必要は無いと、私は考えている。  私の後ろで順番待ちをしている人はいないけれど、あまりコンビニ内で長居するのも迷惑だろうと考え、まだ張り付けていないプリントした写真を手帳に挟み、それをバッグへ仕舞う。  いや、仕舞おうとした。  しかし、他の小物や資料、曲げたり破れたりすると困るものがバッグ内のスペースを占めていて上手く入らない。手帳の方も曲げたり擦ったりしたくないので、仕方なくスーツの胸の内ポケットへ手帳を収めながら、コンビニの出入口へと移動。  その時。  全身黒い服で統一した、フルフェイスのヘルメットを被った人が店内に入ってきた。  その人は片手を掲げ。  天井へ向けて発砲。  私と、カウンタ内に居た店員さん二名が飛び上がる。  よく見ると、掲げた手には小さな銃が握られていた。  リボルバー? だっけ。回転する機構のもの。映画で観たことがある。それを手にしている。  大きな音が出たこと、銃口から硝煙が昇ったことから、おそらく本物。  その人は店員さん達へ向けて片手を差し出し、立ったまま無言で待機している。違いなく金銭の要求だろう。  店員さん達は震えながら小さく首を振る。  男性がまた発砲。  今度はカウンタ内の壁へ向けて撃った。  壁に小さな穴ができ、そこに黒いものがめり込んでいた。やはり、あれは銃で、しかも本物らしい。  脅された店員さんのうちの一人、男性の方が数回頷いた後、カウンタのレジを操作してお金を出した。近年は自動タイプのレジが主であるためか、昔の映画で観るような現金の渡し方はせず、強盗の人が立っている側にお金が出てきた。こういう操作と機能があるのだな、と私は事態の深刻さと危機的状況にも関わらず、最新のレジの多機能性に興味を惹かれた。  店内にあった二台のレジで同様の強盗行為を働いた後、強盗の人は大股で店外へと出て行った。  直後、店員さんのうちの一人である女性の方がカウンタ内でへたり込み、泣き出してしまった。もう一人の男性店員さんはカウンタの奥まった箇所から固定電話の子機を取ってきてボタンを押そうとしているけれど、手が震えてしまっていて、上手くいかないみたい。  店内で唯一居合わせた目撃者であるので、私は店員さん達に、私から警察へ電話しましょうか? と声をかけた。  女性の店員さんは泣くばかり。男性店員さんからは、すみません、お願いしてもよろしいですか? 恥ずかしながら手が震えてしまって、指が上手く動かせないんです、と切羽詰まった表情で返答がなされた。  私は頷き、スーツのポケットからスマートフォンを取り出して警察に通報。コンビニの住所と、たった今起きた強盗事件の内容を伝えていたら。  出入口が開く音がした。  反射的に目を向ける。  瞬間、硬直してしまう。  入って来たのは、先程の強盗の人だった。  右手に持った銃を、私へ向けている。  しまった、と思った。  出て行ったから安全、そう勝手に解釈していた。  自分は店員ではないから撃たれることはないだろう、とも。  お金さえ手に入れば、どのような犯人も例外なく足早に立ち去ってくれるだろうと。  そんな甘えた思考があった。  何事にも例外はある。  人にも例外はいる。  先程まで無関係であったから見逃してくれていた。  首を突っ込み、関係者となるなら容赦はしない。  強盗行為を終えてもすぐには逃げず、現場の様子を観察して、必要なら更に始末を行う、そんな強盗犯がいても不思議ではなかったのだ。  何を言う間もなく。  どう動く暇もなく。  発砲音と同時に。  私は衝撃を受けて後方へ倒れ。  そこで意識が途切れた。       ※  大勢の人の声で目が覚めた。  瞬きを数回。目を開けたことに対して声をかけられ、それに掠れた声で応じる。  私は、生きていた。  いつの間にか店外へ運び出されていた。大勢の人の声の正体は、警察の人や救急隊員の人達だった。  一番近くに居た隊員と思しき人へ、どうなりました? 犯人は? と聞くと、犯人はコンビニ周辺をうろついていたところを取り押さえられた、怪我人は貴女以外にはいません、と教えてもらえた。  次いで、あの、私、撃たれたと思うんですけど……と問うと、確かに撃たれたね、と救急隊員さんが応える。  やはりそうか。気を失う直前の記憶は間違いではないらしい。実際、自分の胸辺りが痛い。でも、血は出ていないし、こうして普通に会話もできる。  考えていると、救急隊員の別の人が、私に何かを差し出した。 「君が助かったのは、君のおかげだよ」  救急隊員さんは笑顔でそう言ってくれた。  目をやると、それは私の創作手帳。  表紙の中央に弾がめり込み、そこで止まっていた。  ようやく思い出す。  自分の左胸に手を当てて理解。  そうか。  先程、バッグに入らないからと就活用スーツの内ポケットに入れたんだ。  思わずふき出してしまう。  私の運命を分けたのは、趣味の自作手帳その一冊だったわけだ。
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