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オカルトコレクター
黄坂峠を挟んだM県のS町で幼稚園児の連れ去り事件が起きたのは今年の四月。同じ団地の子と遊んでいるときに忽然と姿を消した。
「母親は最初かくれんぼしていると考えて心配していませんでした。しかし、他の子が戻ってきても自分の子だけ戻って来ない。公園周辺だけでなく団地中を探しても見つからず、それで警察に通報したんです。
知らない人について行かない、おもちゃやお菓子をあげると言われてもダメ。それだけはしっかり言い聞かせてください。
校区内の公園はPTAと町内会で見回りをし、葉狩交番でも巡回を増やして――」
放課後の葉狩小学校体育館で、保護者を前に壇上に立つのは県警担当者と葉狩交番の巡査。隣県の事件とはいえ、対策を求める親の声に応えた形だった。
S町の事件は三月に起きたM県乳児連れ去り事件及び保育園児行方不明事件と同一犯と思われ、ワイドショーでは『昼間の神隠し』とオカルトブームに乗った報道している。そのせいか、教員五年目の辻徹は壁際で傍聴しながら他人事のように感じていた。その辻のクラスの堀井俊介が行方不明になったのは数日後のことだ。
土曜日、午前中で学校を終えて家に帰った俊介は、昼過ぎに「友達と遊んでくる」と自転車で出かけた。しかし友達とは会っておらず、夜になって父親が警察に連絡したのだ。
翌日曜に辻が教頭と学年主任と一緒に堀井家を訪れた時、父親と祖父は捜索に行っており、出迎えたのは母親だった。
「俊介は心霊写真を撮りに行ったのかもしれません。視聴者が撮った心霊写真を霊能者が検証する番組がありますよね。父親はフィルムの無駄遣いだってカメラを隠してしまったんですけど、昨日確認したらなくなってて」
「どこに撮りに行ったか心当たりは?」と教頭が問うと母親は「さあ」と首を振った。
「カメラを持ち出して怒られてから家ではそういう話をしなくなったんです。学校ではどうでしたか?」
実のところ辻は俊介とよくそういう話をしていた。俊介が最近どんな場所に興味を持っていたかも知っていたが、口にしづらい場所だった。
「俊介君はよく心霊現象の話をしていました。最近は、その……S町の事件に関心があったようで現場写真を撮ってみたいと。神隠しと報道してるせいでしょうが」
教頭が顔色を変え、まずいと思った辻は慌てて言葉を付け足した。
「でも止めました。それに、自転車で黄坂峠を越えてS町に行くのは無理です。あっ、そう言えば黄坂峠の先にある祠の話もしていました。子どもが狐憑きになったと」
「あっ、私もその話は俊介に聞きました。春休みにM県に旅行したんですが、黄坂峠を通った時『この近くに狐憑きの祠があるから心霊写真が撮れる』って。その時はまだそういう話をしてたんですけど、その旅行の写真に白い筋が写っていて、それがきっかけでカメラを持ち出して」
母親の沈んだ声を聞きながら、辻は俊介から聞いた話を思い返した。
三十年前にあった狐憑き事件。祠の探険に行った小学生二人が狐憑きになり、精神病院に入れられ、一人が病院から抜け出し死体になって発見された。
『岩に頭をぶつけて死んだんだ。祠のまわりには黒い沼ができてて、その子は沼の傍に倒れてた。きっと、怒った祠の主が近づけないよう沼を作ったんだ。死体を発見した人の話だと沼は泥が腐った臭いなんだって。それに、沼がヌルヌルって生き物みたいに死体に近づいたんだ。この話、先生は信じる?』
『実際に見てみないとね。それより、狐憑きになったもう一人はどうなったんだ?』
『先生。僕は生徒で、教えるのは先生の役目だよ。それに、先生もオカルト好きなら自分で調べなきゃ。でも今回だけは教えてあげる。二人が入院した精神病院はS町にあって、その子はS町の小学校に転校したんだって』
『俊介はどこからそんな情報を集めてくるんだ?』
『おじいちゃんから』と俊介は答えた。三十年前、彼の祖父はO町の山林で林業をしていたらしい。
この話を辻が堀井家ですることはなく、当たり障りのない慰めの言葉を教頭が口にして三十分ほどで引き上げた。俊介の母親は黄坂峠のことを警察に伝えに行き、自転車が峠の黄坂トンネル近くで見つかったのは正午過ぎ。その後M県警と協力してO町山間部まで捜索範囲を広げたが、自転車以外何も出てこず、五日目に捜索規模が縮小された。
俊介が消えて一週間後の土曜、辻は再び堀井家を訪問した。いたのは俊介の祖父。体格がよく、焼けた肌に刻まれた深い皺が印象的だった。父親は仕事で、母親は捜索現場だという。
「先生は俊介の趣味のことを知っておられるんでしたな」
そう言うと老人は奥へ引っ込み、クッキー缶を手に戻って来ると皺だらけの手でそれを開けた。中には数十枚の写真が入っていた。
「父親に見つかったら捨てられるって言うから預かってるんです。カメラを買ってやることはできんけど、フィルムを買って現像に出してやってました。知人から譲り受けたものもあります。俊介が心霊写真を集め始めてもう二年近くだ。輪ゴムで束ねてあるのはハレーションや多重露出の、心霊写真もどきですが」
「拝見しても?」
辻は〝もどき〟ではない写真を一枚ずつめくっていった。その中にも顔に見える影やフラッシュに反射した埃など、〝もどき〟が混じっている。心霊写真らしいものもあったが、辻が手を止めたのは何の変哲もない白猫の写真だった。
「この写真は心霊写真なんですか?」
「ああ、その次の写真も見てください。同じように猫が写ってるでしょう。その二枚はわしがもらって来たんですが、S町の誘拐があった団地の近くに住む友人の猫です。一枚は鼻先にブチがあるけど、もう一枚は真っ白。春先にこのブチができて一週間ほどで消えたらしいです」
「じゃあ同じ猫なんですね?」
「同じです。でも、ブチが消えたあと変になったそうです。人間をじっと観察するみたいに見てくるし、人間の言葉を理解してるみたいだと。人間が猫に取り憑いたみたいで気味が悪いと言ってました。その話をしたら俊介が興味を持って、それで写真をもらってきたんです」
「不躾なんですが、この猫の飼い主さんに話を聞けませんか。俊介君はS町の事件現場に興味を持っていましたし、この猫がその近くに住んでることも知ってたんですよね?」
辻は俊介がS町まで行ったとは思っていないが、何か虫の報せのようなものを感じた。そして、堀井老人の仲介でさっそく翌日に訪問することになった。思わぬ朗報が飛び込んできたのはその訪問日の朝。辻がS町へ行くためアパートを出ようとしたとき電話が鳴り、受話器を取ると教頭の声がした。
『俊介君が見つかった。体調は問題ないが大事をとって入院しているそうだ。ご両親には明日見舞いに行くと伝えてある』
すでに身支度を整えていた辻は、安堵と同時にどこか宙ぶらりんな気持ちになった。それでも予定通り汽車でM県S町に向かい、地図を頼りにたどり着いたのは巨大な団地を背景にした庭付きの大きな邸宅。出迎えてくれたのは老夫人と白猫だ。
「タマに黒いブチができたのはトカゲをくわえて戻ってきた時のことよ。洗っても落ちなかったのに一週間くらいして急に消えたの。その日からタマが変になったわ。やんちゃな猫だったのに、そんなふうに人間を観察するだけ。ちょっと見ててね」
夫人は紐の先に羽のついた猫じゃらしを振ってみせたが、タマは一瞥しただけですぐ辻に視線を戻した。最小限の動きしかせず、まるで剥製だ。
一時間ほどで訪問を終えた辻は連れ去り事件のあった団地公園に足を伸ばした。犯人が捕まっていないせいか利用者はそう多くなく、『見守りパトロール隊』の襷をかけた人が何人か立っている。
「あっ! タマ!」
すぐ横を男の子が駆けていき、辻は行く先を追って振り返った。そこにいたのはさっき別れたばかりの白猫。
「やっぱり変な猫。ロボットみたい」
男の子に抱き上げられたタマが見ているのはやはり辻だった。「ねえ、君」と辻が声をかけたとき、背後から肩を掴む者がある。
「すいません。見守りパトロール隊の者ですがうちの子に何か? 団地の人ではないですよね」
辻は自分の置かれた状況を把握し、教員であることと、行方不明になった少年の担任であることを明かした。同情と困惑が混じった顔で「ハァ」と相づちを打つ男に辻は弁明を続ける。
「その子がタマの写真を持っていて、手がかりを探して飼い主に会いに行ったんです。タマはよくこの公園に?」
「来るよ!」少年が元気よく答えた。
「春休みから毎日来てる。変な猫なんだ。鳴かないし、にぼしをあげても食べない。あとね、タマは最近チホちゃんが好きなの。でも今日はおじさんが好きみたい。おじさんのことばっかり見てるもん。いつもはチホちゃんばっかり見てるの。夕方にここでトランペットの練習してるんだ。チホちゃんの前に好きだったのはさっちゃんだよ」
「こら、サトシ」
父親に声を荒げられ、少年はタマを置いて逃げていった。
「すいません、さっちゃんっていうのは四月にいなくなった子で」
男は言い訳するように言ったが、喋り過ぎたと思ったのか「それでは」と男の子のところに走り去る。
その場に残された辻は困惑している。他人事だった連続連れ去り事件が妙に現実味を帯びて感じられ、薄気味悪さに耐えかねて早足で駅に向かった。この時感じた奇妙な不安感を、辻は翌日見舞いに訪れた病院で再び味わうことになる。
辻と学年主任が顔を見せると、俊介はベッドで上半身を起こし「ご心配おかけしました」と頭を下げた。
「この一週間のことは覚えてないんです。たぶん、UFOに連れ去られて頭に何か埋め込まれたんだと思います」
冗談ぽく口にする俊介の観察するような眼差しで、辻の背に冷や汗が流れた。同席していた俊介の祖父に誘われ二人で談話室に向かったのは、学年主任が帰った後のことだ。
「俊介はM県のS町交番に一人で来たそうです。黄坂峠に自転車で行ったのは覚えているけど、そのあとの記憶がありません。怪我をしてるわけでもないし、栄養失調でもないから誰かが世話したんだろうと医者が言っていました。しかし、ニュースにもなってるのに通報しないなんておかしいでしょう?
それに、先生も気づきましたよね。あの目。人を観察するようにじっと見るんです。記憶喪失もあの目も事件のショックによるものかもしれませんが、母親は変な人に捕まって洗脳されたんじゃないか、なんて言ってましてね」
「俊介君の世話をしたのが誰か、警察は調べるんでしょうか?」
「俊介の様子をみて聞き取りするとは言ってましたが……。ああ、そうだ。カメラのフィルムが抜かれていたんです。俊介はいつも予備のフィルムを一本持って出かけるんですが、鞄に残っていたのは使用済みのフィルム一本だけでカメラは空っぽでした」
そんなやりとりがあって数日後、俊介は学校に戻ってきた。周りの子が気味悪がりはしないかと辻は心配したが杞憂だった。俊介は自分の不自然さに気づいたらしく、意識的に他者を凝視しないようにしている。ただしそれは友達に対してだけで、授業中はずっと辻を観察していた。そして以前と変わらず気安くオカルト話をしてくる。
辻の不安と恐怖心は日増しに膨らみ、一睡もできず出勤した土曜、あまりの顔色の悪さに休んで病院に行くよう学年主任に言われた。休みになった途端体調が回復するのは、不調の原因が学校にいるからだ。
――ここで逃げたら教師を続けられなくなる。俊介と向き合うために、まず家族の話を聞いたほうがいい。俊介のお母さんとお祖父さんはおれと同じように俊介の態度を変に思っているんだから。
そして辻は病院ではなく堀井家に向かった。出迎えたのは祖父で、父親は仕事、母親は体調を崩して寝ていると言う。
「こんな時間にどうされたんです? 学校では?」
「体調が優れず見かねた同僚に追い返されたんですが、俊介君のことで話したいことがあって」
「ああ、それならわしも先生に見てもらいたいものがあったんです」
堀井老人は辻を居間に通すと、奥の部屋から封筒を持ってきて中身をテーブルに広げた。二十枚ほどの写真とネガフィルムだった。
「俊介の鞄にあったフィルムを現像したものです。俊介にはフィルムがダメになっていたと言って見せてませんが、これを見た母親は寝込んでしまいました。父親は『こんなのは作り物だから捨てろ』と」
辻はその写真に不穏なものを感じつつ、ネガと照らし合わせながら順に見ていった。
鬱蒼とした森、黒い沼に囲われた岩場、その上で傾いだ古びた祠。祠と言っても両手で抱えられる程度に見える。黒い沼の表面は、まるで無数の鰻がひしめくようにうねっていた。そして、俊介の運動靴に付着した黒い粘液。その後はブレた写真が何枚か続き、最後の一枚は岩陰から隠れて撮ったもののようだった。沼の奥にマントを被った人影。その影が手にしているのは――斧だ。
「……これ、警察には?」
辻は震える声で尋ねた。
「余計なことはするなと父親が言うので警察には言ってません。S町の事件みたいに騒がれるのが嫌なようです。俊介が勝手にテレビ局に送らないよう捨ててくれとも言われたんですが……ご迷惑でなければ先生が預かってくれませんか?」
老人の気持ちは辻にも理解できた。預かるくらいならしてもいいが、ひとつ閃いたことがある。
「この写真を俊介君に見せてはどうでしょう。もしかしたら記憶が戻るかもしれません。そうすれば以前の俊介君に戻るかも」
辻は光明が見えた気になったが、老人は暗い表情のまま首を振った。
「わしの勘ですが、おそらく俊介は記憶をなくしてはおりません。記憶をなくしたフリをしてるだけです。写真を見せるかどうかは先生にお任せします」
承諾を得た辻は封筒を携えて堀井家を後にし、ラーメンを食べて午後一時半にアパートに着いた。
「おかえりなさい」
玄関の鍵を回したとき声がした。辻の部屋はアパート一階の道路側。声の主は前の歩道に立っている俊介。ランドセルを背負って、体操服袋を肩にぶら下げ、足元には白猫がいた。
「先生、学校サボってうちに行ってたんでしょ。おじいちゃんにあの時の写真見せてもらった? うちのおじいちゃん、嘘つく時は顎を触るんだ。だから、フィルムがダメになったっていうのは嘘だと思う」
「……あの時の写真って?」
「僕が祠で撮った写真だよ。記憶がないっていうのは嘘。おじさんがそうしなさいって言うから嘘ついたんだ。でも、先生にはもう嘘つかなくていいって。あっ、おじさんっていうのは僕が一週間お世話になってた人」
辻は白猫にチラと目をやり、一度開けた鍵を閉めた。
「途中まで送ってあげるから、歩きながら話そう」
「うん、いいよ。おじさんがこの先の公園で待ってるんだ」
その言葉にゾッとしたが、辻は表情に出さず尋ねた。
「俊介。あの日何があったんだ?」
「祠に行ったんだ。聞いてた通り泥が腐った臭いがした。先生も写真で見たと思うけど、沼の縁は生き物みたいにうねうね動いてる。僕が足を近づけたらニュルッって伸びてきて、驚いてカメラを落とした時にシャッター音がしたから、何枚かブレた写真があったでしょ?
あのあと人の声が聞こえて、岩陰から盗み撮りした。そしたらちょうどフィルムが終わって、自動巻き上げの音でおじさんに気づかれたんだ。逃げなかったのは、逃げたらこの女の子を殺すって脅されたから」
「女の子がいたのか?」
「うん。さっちゃんっていう四歳の子。さっちゃんが殺されても俊介には関係ないし、逃げれば良かったと思うんだけど、人間ってよくわからないね。俊介は逃げずにこっそりフィルムを新しいのに替えて、撮り終えたやつはお菓子の箱に隠したんだ。おじさんはフィルムを全部処分したかったみたいだけど、俊介はフィルムのことは黙ってた。そのとき僕はまだ完全には俊介じゃなかったから、どうしようもなかったんだ。完全に俊介に憑依して、フィルムのこと思い出したときにはおじいちゃんが現像に出した後だった」
隣を歩く少年の言葉が理解できず、辻は恐怖を感じた。白猫は当然のようについて来る。
「君は俊介だろう? 憑依したってどういうことだ?」
「僕は異界の存在なんだって。俊介に憑依する前はさっちゃんの体にいた。その前は赤ん坊。もっと前のことは覚えてないけど、おじさんの話だと犬や猫や金魚に憑依したこともあるみたい。死なないと次の体に憑依できないから、おじさんが手伝ってくれてるんだ。おじさんがさっちゃんを殺して、さっちゃんの体から俊介の体に乗り移った」
「さっちゃんを殺した?」
「うん。さっちゃんは幼なすぎて扱いにくいから、一旦トカゲに憑依させるつもりだったみたい。でもちょうどそこに僕が現れたから僕にしたんだって」
「遺体は?」
「沼の中」
不意に見慣れた町が知らない町に感じられた。公園の手前で辻が足を止めると、俊介も白猫も立ち止まる。
「……もしかして、次はおれの体を乗っ取るつもりなのか?」
「先生に憑依するのは僕じゃなくてタマだよ」
「タマ?」
その時、辻は足元の異変に気づいた。白猫は地面にぐったり横たわり、口からは泡を吹いている。その猫の口から黒いナメクジのようなものがヌルッと這い出て、少年はそれをケーキの生クリームでもすくうように指先で絡め取った。
辻の脳裏にさっき見た写真が次々と蘇る。逃げなければと後退った時、悲鳴のような音をたてて自転車が止まった。先月学校に来ていた葉狩交番の若い巡査だった。
「何かありましたか? あっ、あなたは葉狩小の」
「教員の辻です。猫の死体を見つけてどうしようかと思っていたんです。口から泡を吹いていて、毒でも口にしたのかと」
「本当だ。泡を吹いてますね。たまにイタズラでこういうタチの悪いことをするやつがいるんです」
巡査は自転車を降りて猫の傍にしゃがみ、それを待っていたように少年が巡査の首筋を指で触った。
「うわっ! 何するんだ?」
「バッタが入りそうになったから追い払ってあげたんだよ」
「えっ、そうなのか。それはどうもありがとう」
巡査の逞しい首筋に黒いシミができたのを知りながら、辻はそれを口にできなかった。少年は巡査の首をじっと見つめ、「一週間で消えるよ」と、辻にだけ聞こえるように囁いた。
「じゃあ、先生。僕帰るね。さよなら」
唐突に少年は駆け出し、辻は衝動的に追いかけて公園に入ったところで腕を掴んだ。
「巡査の体を乗っ取ったのか? タマがあの中に入ったのか?」
「うん。シミが消えたらあの人の意識も消える」
「おれのことはもう狙わないのか?」
「先生よりお巡りさんのほうがおじさんは喜んでくれると思うんだ。だから僕らのことを黙っててくれたらいい」
「おじさんにもあの黒いのが憑依してるのか?」
「先生。僕は生徒で教えるのは先生の役目だよ。それに、もうヒントはあげたよね。三十年前狐憑きになったもう一人の小学生はどこで何してると思う? 先生もオカルト好きならあとは自分で調べて」
翌日から俊介は学校に来なくなり、彼の祖父から「写真とネガを燃やしてほしい」と電話があった。しばらくして俊介はS町の病院に入院し、辻のクラスに戻ることなく夏休み開けからS町に転校するという。あの巡査のその後は不明だが、異動になったのか葉狩小学校周辺では見かけなくなった。
手元に残された写真とネガフィルムを手がかりに『おじさん』の情報を辻が集め始めたのは二学期が始まってからだ。危険だとわかっていながらなぜそんなことをしようと思ったのか、理由は本人にもわからなかった。だが、いつか彼に聞かれたらこう答えようと思っている。
「オカルト好きだからだ」
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