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第6話 そして……
「ただいま」
おかしい。
いつもだったらぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってくるシェリーの姿が無い。
仕方が無いので自分で上着を取り、そのまま居間へと向かうと。
「シェリー?!」
はっとして俺の姿を認めると、彼女は急に立ち上がり、抱きついてきた。
「ロバート聞いて! 私もう怖くて怖くて……」
「怖い?」
確か今日は、スティーブンス氏に頼まれ、ドリーのところに行ってもらったはずだ。
「何か、ドリーのところで怖いことがあったのかい?」
「ドリーはいいのよ、怖いのはハロルドさんの方なのよ!」
落ち着いて、と俺は彼女を再び居間のソファに座らせ、その横に自分もかける。
肩を抱き寄せ、手を握る。
冷たいそれに驚く。
「ねえ貴方、確かに駄目だわ。絶対離婚した方がいいわ」
震える声でシェリーは告げる。
「どうしたんだ? 何かそんなに凄いことを――」
「貴方、もし私が貴方と閨を共にしている時に、貴方を抱きしめながら『お父様』って何度も言ったならどう思う?」
「は?」
必死な顔で見上げてくる。
これは冗談ではない。本気だ。
「ねえ」
「……びっくりして、困る」
言葉としては濁してるが、要は萎える。
彼女もそれは判ったのだろう。
「つまり…… 同じ様なことがあったんですって……」
「同じって」
あの同心円状の写真が脳裏に浮かぶ。
「ドリー、スティーブンスのお母様が亡くなってから、ハロルドさんがずっと甘えてきて毎日の様にすがってくる、って言ってたのね。毎日よ! まず身体が保たないって言っていたわ。実際げっそりしていたし。その上、……呼ぶんですって」
「ママ、って…… か?」
「そうなの。よりによって、そんな、子供の様な―― でもドリーが言うには、お母様が生きてらした頃から、時々ひょい、と口にすることはあったんですって。でも今度は、ひょいと口にするのがドリーの方で、それ以外は……」
嗚呼、とシェリーは顔を覆った。
「それは駄目でしょ絶対!」
「ああ駄目だな……」
いくら母親が大好きだったとしても。
そもそも母親にそっくりな女を――
いや、それ以前に、彼はそもそも、「母親にそっくりだから」一目惚れしたんじゃないか?
「もう絶対戻る気は無いって。いくらお父様がいい方でも、どうしても、ってドリーは泣いてたわ。それだけじゃないの。自分はそんな男にしか望まれなかったのか、って遡って落ち込んでいるのよ。……酷い話」
「ああ全く酷い話だ。ごめん。そんな話をわざわざ聞かせに行かせてしまって。向こうには医者に診せた方がいい、と助言してくるよ。あと安心して。君には絶対無いから」
「そうね。この時ばかりは、貴方の育った環境に感謝したい気持ちだわ」
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