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「魔法も剣の扱いもできない俺には、星の欠片以外に戦う(すべ)がなかった」  シニカルな笑いを浮かべて、ユウトは空を見上げた。 「やっぱり、お兄ちゃんが言う通り、宝石は人の魂だったのね ───」  夜空の星は、元の世界と変わらなかった。  東の空にさそり座の心臓、アンタレスが妖しく光る。  不意に、流れ星が幾筋も落ちていった。 「また、星の欠片が生まれた」  ユウトの手には、鮮やかな光を放つ石が握られていた。  それらを投げ捨てると、(ふところ)からもう一つ取り出した。 「これは ───」  ゆっくりと一本ずつ指を開くと、透き通ったピンクの石が、姿を現した。 「この石は、どんな石よりも美しく、(いと)おしかった」  ゆっくりとリンに向かって歩を進め、両手で包むようにして手渡した。 「お兄ちゃん」  大きく(かぶり)を振ったユウトは、真っ直ぐに妹を見つめる。 「俺が生きている限り、この世界の住人は幸せになれない。  剣と魔法のファンタジーの国、エスペランサ王国に平和をもたらすために、俺は死ぬのさ。  さあ、魔王に誇り高き死をもたらせ、リンよ」  双眸(そうぼう)を固く閉じ、両手を広げた兄の姿は、十字架の磔刑(たっけい)のようだった。  ポーチに自分の石と兄の石を、大切にしまい込んだリンは、キルケに命じた。 「魔王ユウトの妹の名において命ずる。  兄を、魔王を(いかずち)と共に、現世へ戻したまえ ───」  コクリと頷いたキルケは右手を天に伸ばした。  暗い雲が空を覆い、激しい雨と風、そして稲妻が幾筋も走り、辺りを照らしたかと思うと、4つの人影は消え去った。  嵐はすぐに去り、星空が戻ってきた。  月は明るく照らし、巨木がうねるように枝を伸ばし、雨の雫が葉を伝い落ちたのだった。
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